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何もかもが値上がりする世界の隅っこで研究者は愛を叫ぶ

 実験に使う試薬や消耗品の値上がりがきつい。ここ1年で、急に研究費が2−3割ぐらい減ったような感じだ。今もっている科研費の申請時に思い描いていた実験が満足にできない。資金が足りないのだ。科研費の申請書の経費欄というのは、ある程度の余裕をもたせて書いている(採択時に3割減らされるから)。でも、そこから更に3割減った感じなのだ。きつい。サンプルはあっても、最後のところで高い試薬を使って解析するサンプル数を(泣く泣く)減らさねばならない。きついなぁと、しみじみ思う。

 実験に使う消耗品や試薬類については、いわゆるシュリンクフレーション(ステルス値上げ)は出来ない。量や数で買う物なので、ダイレクトに値上げが来る。私の研究に欠かせない某試薬は、5年前から比べると1.5倍になった。海外から購入している試薬は、どんどん値段があがる。先日、とあるものを買おうと、業者さんに見積もりと在庫チェックをお願いしたところ、

「XX先生、この試薬、このところ何度も値上がりしているので、悩んでいる間に買った方が良いですし、買いだめした方がよいですよ。この先も値上がりする可能性が高いです」

 と言われた。実際に春に買った時よりも、随分と高い。キャンペーンに期待していたのだが、もう昔の様なキャンペーン価格が来る可能性は低いので、在庫があるうちに買え、というのが正しいようである。円安のため、論文掲載料もウナギ上がりだ。APCなんて払う雑誌には投稿できない。なんともかんとも貧乏になったなぁと、思わず手のひらをじっと見てしまう。

 居室にこもって、ほとんどラボに立ち入らない我がボスに相談しても仕方ないので(研究と実験は好きにやったらいいというスタンス)、若い先生と来年度以降のことを相談をした。資金が目減りしようと、なくなろうと、科学をやりたいし、僕らを信じて入ってきてくれる学生がいるのだ。それに、知りたいこと、研究したいことはたくさんある。お金をかけずに、アプローチする作戦を増やしていかないと、今のままでは実験資金が回らない。作戦変更が必要だ。

 やりたいことのうち、大きなお金をかけなくても出来るものをリストアップしていく。輸入試薬に頼る実験は、ちょっと休止する決断をする。最新の某機器を使う実験系の試薬は殆どが海外から入れている。値上がりが半端ないので、ちょっと動かすのは止めるしかない。科研費のなかで、この実験をやってしまうと、それしか出来なくなっちゃうのだ。その分、自分たちの手作りで出来る実験系を構築していくしかないよね、となった。

 そして、古くて使っていなかった、某機器(日本製)を復活させようとなった。最後に使用したのは、7−8年前だろうか。バラして、整備して、コントロール測って、調整すれば、まだ使えるんじゃない?と。海外から購入していた某試薬を買うお金で、復活させられますよね?と。決して有名どころではない日本の会社の機器だが、調べたところ、まだ会社は存続していた。連絡すれば部品も買えるかも知れない。

 暫くは、APCの必要な雑誌への投稿も無理だと思う。この急速な円安の進行具合では、海外の雑誌に投稿して、掲載された時に、いったい幾らかかるのか予想が出来ない。幸いに私は、苦節XX年、やっとテニュアになった。高いIFを目指す必要はない。国内学会の英文誌でも、オープンになっているところであれば、ちゃんと読んで貰える。この価格を払って、海外のOA誌に無理して載せるのであればJ-stageに載る雑誌でいい、そう思うようになってきた。ぶっちゃけ大学紀要でもいい。先日に、某大学の紀要に掲載された論文のデータ解析と執筆に協力したのだが(オーサーとしては2番目)、公開されてまもなく、データについての問い合わせがきた。PDFが公開されていて、Researchgate とかに貼り付けしていれば、必要な人の目にはきちんと届いて、読んでくれる。それでいいじゃないかと思うようになってきた。

 でも手のひらをじっと見て、思う。こうやって冷めた目の老害研究者が出来上がるのかもしれない。本当であれば、申請書を書きまくって、資金を稼ぎまくって、なんならクラウドファンディングでもして、SNSでも発信しまくって、高いIFに論文を載せて、「キラキラ」した研究者になる努力をしなければならないのだろう。大学も、そういう人材を求めているし、世間もそういう研究者に注目する。でも、私はラボにいたいのだ。学生と一緒に実験をしたいのだ。今の業務からすると、これ以上デスクワークを増やせば、必然的にラボへの立ち入りが減ってしまう(実際、学会や学内のお偉いさんであるうちのボスがラボに入るのなんて、ここ10年はみたこともない)。

 せめて、うちのボスが引退するまでは学生と一緒に同じ空間で実験をしながら過ごしていたい。どんなに小さなことでも新しい発見と、新たな疑問(未知の世界)が広がる瞬間が好きなのだ。どんどん増える委員会業務・入試業務・講義コマ数・学会業務・その他雑用に負けてなるものかと、研究業界の隅っこの更に端の方で唇を噛んでいる。バナージ・リンクスが、「それでも」と叫ぶシーンを思い出す。「例えどんな現実が突きつけられようと、「それでも」と言い続けろ。自分を見失うな。」マリーダさんの声が聞こえる。それでも、やるしかない。自分を見失わないように。

 


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