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『性別「モナリザ」の君へ。』この作品世界の息苦しさについて考える

 全てのヒトは性別が未分化な状態で生まれ、幼少期は性別がない状態で過ごす。12歳になる頃、自然と身体が変化していき、やがて男か女になるというこの世界。主人公のひなせは、12歳を過ぎても身体の変化がなく未分化のまま18度目の春を迎える。幼馴染みのしおり・りつの二人は、それぞれ既に男性・女性へと性分化を終えているが、共に3人仲良しのまま学生生活を送っている。
 そんな若い3人の恋愛模様(三角関係)がメインのラブストーリー。絵柄も綺麗で、本編は紙版・デジタル版共に白黒ターコイズブルーの3色で表現され、静かで穏やかな世界観がある。しかし、物語として続きが知りたいという欲求と共に、この作品世界になぜか息苦しさを感じてしまう。

※スクエアエニックスのWEBマガジン ガンガンOnlineにて連載配信中。既刊5巻(2021年2月現在)。下記にて第一話と最新作が読めます。

「あなたが好きだから〇〇になってほしい」はきつい

 ひなせは、自分の性別が未分化である事に諦めの念を持っている。12歳の性分化の頃から、人より少し遅いだけで自分にもいつかその日が来るのだと期待していたものの、未だそれは訪れることはなく、現在は何も期待をしていない。
 また、美術の授業でダ・ヴィンチのモナ・リザが両性具有の美を描いたものであるという説を聞き、どちらの性も持たない自分を「何一つ持たない者」として空虚にも捉えている。幼馴染みのしおり・りつが男性・女性へと変化していく事に一時は怖さを感じていたが今は慣れ、このまま何も変化すること無く、3人で仲良く居られれば充分だと感じている。

 しかし、ある日ひなせは、幼馴染みの二人から同時に告白を受ける。しおり(男性)から「好きだよひなせ 俺と付き合ってくれないか? 俺がお前を女にする」。りつ(女性)から「ずっと前からひなせの事が好きだったの 私がひなせを男にする!」
 二人からの告白にひなせは激しく動揺し、ホルモン値は男性・女性ともに上がり始める。このままどちらかのホルモン値が上がれば、男女どちらかの性に性長する可能性も出てくる。

 ひなせは幼馴染みのどちらを選び、男女どちらの性になるのか。というのがこの物語の肝の一つである。

 第一話から提示されるこのテーマだが、少し違和感を覚えるのは二人の幼馴染みからの告白のセリフについてかも知れない。二人のセリフはキレイに対比していてドラマチックだ。しかし取りようによってはやや暴力的に感じる。
 自分が男性だから相手となる人間は女性、自分が女性だったら相手は男性ーーーこれは言うまでもなく当然の事だ、という見えない圧力がないだろうか。二人の告白のセリフはまとめると、「好きだから、俺or私の志向に合った性になってくれ」と取れる。そこには、現在無性別であるひなせ自身の性的志向を確認する意思が、殆ど無いように感じられてしまう。

 実際この告白の後、しおりとりつはそれぞれ「言い方がまずかった」と反省する。また、しおりに至っては、どうしてもひなせを性分化させたい重大な理由があった事が描かれる。

 それでも、二人の告白のセリフは物語上重要な言葉であり、ひなせがどのように受け止めようとも、この圧力の感覚は残っている。ただ、二人がこのようなセリフを選んだのは、この物語世界での社会的背景があるのではとも思う。

今以上に男らしさ女らしさの概念が固定化されている?

 物語の中でしばしば、男性はこうで女性はこうといった固定化された概念が出てくる。

 例えばしおりは美大を目指しているが、父親から「今の時代 男の美大なんて何の役に立つ」と反対されていたり、中学時代に同級生から「お絵描きしたければ女の子になればよかったのにー」とからかわれている。
 りつは、性が未分化な子供の頃から走るのが速く活発であった為、周りの大人から「将来は男の子ね!」と期待されるし、同級生のあおいも未分化な幼少の頃、戦隊モノのTV番組を見ていて「もしかして あおい男の子になりたい?」と母親に聞かれている。(ちなみに、性別は自分の意思では選べない。身体が自然と変化する。)

 象徴的なのは、ひなせとしおりの中学生の頃の回想シーンだ。ひなせが既に男の子になっているしおりに、「男か女だったら、どっちの方がオススメ?」と聞く。しおりは絵を描く事が好きなのに、男であるだけで周りに自分の好きな事が受け入れられないことに傷ついており、自虐を込めてひなせに背を向けてこう言う。

「性別 やりたい事で決めるのもいいと思う
 花屋とか保育士とか かわいい感じの仕事したかったら
 女になったほうが笑われないし
 パイロットとか消防士とか かっこいい事したかったら
 男のほうがいいと思う
 兄貴だって 医者には男だって言って男になってたし」

 全ての人間が、性がない・性の未分化時代を経験する世界だからこそ、分化後のそれぞれの性の在り方に、固定的なこだわりや憧れが生まれるのだろうか。今の感覚からは、少し離れた感覚だと思われる。
 ただ、もしこの物語世界が、男女の概念についてやや固定的な社会だとすると、冒頭の二人の告白のセリフはこのような社会に生きる人から発せられた「当たり前」なのかも知れない。しかしもしそうなら、今は性別の無いひなせが、今後男女どちらかの性に性長した場合に待っている世界は、あまりに味気なく感じる。

登場人物達の今後と、この世界についてもっと知りたい

 作品世界に描かれる社会にやや息苦しさを感じるものの、この先の展開にはとても強く興味を感じる。

 幼馴染みの二人は、現在無性別であるひなせが、もし自分の性的志向に合わない性になった場合でも「好き」なのか、という問いに悩む。その「好き」は、自分の性的志向に合った性のひなせに対する「好き」と何が違うのか?違わないのか?
 この辺りの問いは読んでいてハッとさせられたし、読後も自身に置き換えて考えてしまう。実際にひなせがどちらかの性に性長した場合(もしくはどちらの性にもならない場合)、二人の心情がどのように変化し決着するのか、とても興味深い。

 また作品の中の世界についても、もっと知りたいと感じる。登場人物の断片的なセリフなどで、この物語中の社会を息苦しそうだと感じてしまうが、明確にどのような社会であるかの描写は無い。全ての人間が無性別時代を経験する社会が、性に対してどのように発展してきたのか、もう少し詳しく知りたい。 

 この作品のもう一つ大事な設定に「無性別の身体のまま 20歳を超えて生きたものは 未だ存在しない」という物がある。ひなせ・しおり・りつの恋愛模様とは別の軸で、この事についての物語も進行している。更新が本当に楽しみだ。




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