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気まぐれショートショート 秋の空時計(供養シリーズ)

「君って、そういうの着けるタイプだったっけ?」
彼女が頬杖をついた時、袖口から見えた腕時計がふと気になった。
時計のブランドなぞ詳しくはないのだが、素人目でみても比較的新しめでそれなりに値を張るものであることは分かった。しかし、時代のわりにどこか不思議なアンティーク感を醸し出していた。

「あんた、馬鹿にしてんの?」
眉間が険しくなる。
「ごめんなさい。そういう意味では」
「そういうあなたはどうして付けないの?」

私はある日を境に腕時計を着けなくなった。
別に時計が嫌いではないのだが、何となく過去の愚かさを思い出してしまうような気がして今も着けるのをためらってしまう。
「なんとなくだけど、自分にとっての『呪い』みたいに感じる、から?」
「なんだ、私と同じなのね」
「え?」
「これが、あなたの考えた『呪い』よ」
その言葉に、私は自分の心臓を握りしめられる思いがした。

最愛の人の命と愛に自らの悲劇という代償を背負った彼女。
そしてその呪いを背負わせた張本人。

最たる証拠である呪いの具象をこうもまざまざと見せつけられた私は、無様に言葉にならない謝罪を必死に口に出そうとする。
それでもこの場にふさわしい言葉は見つからず溺れそうになる。

「ストップ。良いわよ、別に謝らなくても。それがあんたの望んだことなんでしょう?」
彼女はそれを是としなかった。

「第一あんたが謝ったら、私のあいつへの愛はすべて嘘になるんでしょう。そんなの絶対赦さない」
その言葉は私の目を逸らさせなかった。
確固たる彼女の象徴ともいえる言葉に、重く鋭い鉛の刃のような痛みを感じた。
「……ごめん」
「別に今更気にもしてないわ。それに、案外気に入ってるのよ、これ」

ちらちらと手首を動かす。
反射した文字盤のガラス越しに、外の様子が移った。
穏やかで優しくもどこか切なさを帯びた秋の空と雲だった。

私は、これ以上彼女に何も言えそうになかった。
にぎやかな店内のはずが、真夜中のような沈黙が重くのしかかってきたかのようだった。

「会議があるから、もう行くわね」
すっと席を立ち、一切の後腐れなどないように目の前で身支度を済ます
彼女の姿は、まさに孤高の魔女と呼ぶにふさわしいものだった。

「……今日はありがとう。また退屈したら付き合ってあげるわ」
それが彼女の去り際の言葉だった。

しばらくして、私も店を出た。
相変わらず空はどこまでも遠くまで澄み渡っている。
どこまでも気高く、優しいその人によく似た秋の空だった。

(1005文字)


2週ぶりのショートショート、見事に文字数オーバーランです、はい。
以前もやった過去作への供養回です。

こうして書いてみると、当時は思いつかなかった設定やら登場人物の背景が少しずつ鮮明になってきて、改めて魅力を噛みしめております。

ただやっぱり、黒歴史掘り返してるんでめっちゃ恥ずかしいんですけどね。

企画概要はこちらから。


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