見出し画像

ある居酒屋にて(#シロクマ文芸部)

 新しい帽子を脱いで暖簾をくぐる男がひとり。
 「いらっしゃいませ。すいません。カウンター席だけなので、こちらへどうぞ」女将がお通しとおしぼりを用意しながら、真ん中の席へ促した。
 男は使い込んだリュックとギターを椅子の横に置き、椅子に座るとパイプを取り出した。
 「すみません、ここ禁煙なんです」と女将が申し訳なさそうに注意した。   「こちらこそすみません、つい癖で」と男がパイプをリュックに仕舞った。          
 「素敵な緑色のつば広帽子ですね」女将がメニューを手渡しながら「今日は贔屓の三河屋さんが生きの良い寒ブリを持ってきてくれたので、いかがですか?」とおすすめの寒ブリのお刺身を勧める。
 「ではそれと、熱燗をお願いします」と男はおしぼりで手を拭きながらオーダーをした。
 「外は雪ですか?寒くなりましたね」と女将がおしぼりとお通しをカウンターに置きながら聞くと「ええ、今夜は雪が積もるかもしれませんね。僕はあちこち旅をしていますが、友だちが待っている村は雪に覆われていてまだ帰ることが出来ません」
 「旅人さんなんですね、では今夜はここでゆっくりして行って下さいね」  女将は熱燗と寒ブリの刺身を差し出し、さっきからお刺身を狙っている白い猫を追い払った。
 「タマ、あっちに行ってなさい!」「みすませんね、うちで飼っている猫なんですが、ちょくちょくお客さんのお魚を狙ってしまって」猫は首輪についた鈴を鳴らしながら、勝手口から走って出て行った。
 女将は熱燗のお酌をしながら「お客さん、どちらに行かれたんですか?お帰りの途中ですか?」と聞くと、男はぽつりぽつりと話し始めた。
 「僕は一か所に留まることが出来ないのです。春になって雪が解ける頃には友だちがいる村に戻るのですが、そこにも家はありません。テント暮らしです」お刺身を一切れ食べると「地の果てまで旅をしました。さすらうのが運命さだめですから」
 女将は「私も同じように円満な家族を演じ続ける運命さだめにあるので、お客さんのお気持ちは良くわかりますよ」としみじみ頷いた。
 「あなたもですか。ご家族がいるんですね。僕には友だちはいますが、家族はいないので羨ましいですよ」
 女将は目の前の男をまじまじと見ながら「私はね、両親と弟と妹、そして夫と息子の三世代が一緒に暮らす、今では珍しい大所帯ですよ。それにご近所付き合いも濃いので助かる反面、内心鬱陶しいと思うこともあります」
 女将のちょっと早口で、明るい物言いが誰かに似ていると男は思っていた。
 「あーそうか、あなたが誰かに似ていると思っていましたが、僕の友だちの小さな女の子に少しだけ似ていますよ。その子も同じ村に姉妹で暮らしているんです。その村には妖精たちがいて、雪で閉ざされている間はみんな冬眠しているんです、まるで村全体が雪の中に埋まって眠っているみたいに」
 「まぁ、お互い因果な運命さだめの元に生まれちゃいましたね。だからなのか、時々違うことをしたくなります。表では専業主婦をずっと続けてますが、今じゃ女性は家庭を守る者って時代じゃないのに、最初の設定が昭和の大家族なので仕方ないですよね」
 「僕だって、いつもテントでキャンプ生活も辛いものですよ。時々ギターやハーモニカを演奏して気分転換をしていますが、いつも優しく物知りで、クールに演じるのも結構大変なんですよ」男は熱燗のお代わりを女将に頼んで話を続けた。
 「物語の中では自由と孤独を愛する人になっているのに、それしかすることを許されていないんだから、僕だって家族を持って毎日にぎやかに楽しく暮らしてみたいとお思うことだってありますよ」
 「じゃあいっそ交代してみます?私は物語の中では時々家族旅行をしますが、一人旅なんてしたことないし、いたずら好きの弟と、永遠の3歳児の息子のお守りに手を焼いていて、息抜きしたいと思っていたところなんです」女将はふふっと笑ってお酌をした。
 「僕にも弟みたいな友だちがいるんですよ。ちょっと臆病で気弱なところがある癖に冒険好きで、つい手助けしたくなるんです」男は思い出すように目を細めた。
 「会いたくなりましたか?そのお友だちに」
 「そうですね。早くあの村が雪解けしてくれると帰れるんだけどな」
  そう言うと男はお店の入口の方を見つめた。
 「そろそろ次の場所へ行かなくちゃ。まだ雪解けには早いですから」男は置いていたリュックとギターを持って立ち上がった。
 「お気を付けて、お互い因果な暮らしですけど、私たちのことを楽しみにしている人たちは大勢いるので、やめられないですよね」女将が男を見送る為に入口の引き戸を開けた。外はいつの間にか雪が深々と降り積もっていて、冷たい空気が店の中に流れ込んできた。

🔷 🔷 🔷 🔷 🔷

 外の通りが賑やかになった頃、もうひとりお客さんが暖簾をくぐって入ってきた。そのお客さんは左手に杖、右手に赤いバラを一本持っている金髪の少年だった。
 この少年は、どんな運命さだめを背負っているのだろうか?
 
 女将は優しくお店の中に招き入れ、少年におしぼりとメニューを差し出した。

 <Fin>


ファンタジーの登場人物に、今回は助けてもらいました。
会話形式で物語を進めていくことに四苦八苦💦
修行を始めたばかりなのでご容赦を!


この記事が参加している募集

やってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?