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空に消えた赤い傘(#シロクマ文芸部)

 赤い傘が降りてくる。
 なんだろうと、通りすがりの人たちが歩を止めて天を見上げている。
 歩きスマホで視線が手元にあったから最初は気付かなかったけど、前を歩いていた人が急に立ち止まるから、もう少しでぶつかりそうになり、その異変にようやく気付いた。
 見上げると赤い傘は都会の高層ビル特有の上昇気流に乗り、上に昇ったり下ったりを繰り返して、上空を漂っていた。
 誰の傘だろうと辺りを見渡すと、10メートルくらい先から女性の甲高い悲鳴が高層ビルにこだました。
 周りにいた人たちが「わっー!」と一斉に、ある一角を遠巻きに退く。
 みんなの視線が上空から一気に地面に下りた。
 誰かが倒れているようだ。
 「飛び降りだー!」という男性の声で一瞬で状況が理解できた。
 数人の通りすがりの人が、スマホで撮影を始めた。
 一人の女性が駆け寄り、飛び降りたであろう女性に声を掛ける。
 そして「誰か救急車呼んで!それからAED持ってきて!!」と叫んだ。
 一気にその場に緊張感が走る。
 おそらく医療従事者であろう女性の登場で、加勢する人が数人集まり、ひとりの男性がAEDを求めて、近くのコンビニ目指して走り出した。
 うつ伏せに倒れている女性は水色のワンピースを着ていて、みるみるうちに地面に血だまりが広がっていく。
 私は冷静にその場の状況を把握していたが、非日常の光景に圧倒され、飛び降り現場に遭遇した現実の恐怖でその場から一歩も動けないでいた。

 どういうことだ。
 こんな真昼間の都会の真ん中で飛び降り自殺なんてするだろうか?
 この非現実的な光景を前にして状況は把握できても、にわかには信じられない異様な体験に思考回路が定まらない。
 ひょっとしてこれはテレビとか映画の撮影なんじゃないだろうか?
 それとも迷惑行為をネットにUPしてカウントを稼ごうとしているYouTuberだったりして。
 それなら良いなという仄かな希望を握りしめる様に、改めて辺りを見渡してみる。そこにはロケ現場のような機材も、スタッフらしき人も見当たらない。
 野次馬ばかりが増えて、私のいる場所からは現場を確認することはできなくなった。

 もしかするとあの赤い傘は、今飛び降りた女性のものだったのかも。
 もう一度空を見上げて赤い傘を捜してみる。
 ひょっとして、あの飛び降りた女性は、あの赤い傘でメリーポピンズのように優雅に地上に舞い降りるつもりだったのだろうか。いやいや子どもじゃあるまいし、そんな自殺行為をする訳ないよな。でも今日は朝から雨なんか降ってないし、他に傘を開く理由も思いつかない。
 それともビルの屋上で傘を干していて、何かの間違いで転落してしまったのだろうか?

 赤い傘は高層ビル街のビル風に翻弄されながら、上昇気流を捉えたようで徐々に空高く昇っていく。
 よく見ると赤い傘の柄を握り、手を振ってにこやかに昇っていく人の姿が見えた。
「うそでしょ?!」思わず叫んでしまった。
 目を凝らしてみると、どうやら傘の柄に捕まっているのは、さっき飛び降りた女性のようだった。
 着ていた服の色が同じ水色で、透けて見える空の青が混じり合い美しく、奇妙な感覚だが清々しく思えてきた。
 その光景はまさしくファンタジーで、飛び降り自殺をした女性が天使のように昇天していく姿そのものだった。

 やがて救急車のけたたましいサイレンで我に返り、飛び降りの現場を見やると、やはりそこには水色の服を着た女性が横たわっている。
 救急隊員が手際よく、介抱していた女性に事情を聞きながらストレッチャーで救急車に運んでいく。
 いつの間にか警察官も数人掛けつけていて、野次馬を整理し始めた。

 やはり飛び降り自殺だったのだろうか?
 あの水色の服を着た女性は、死を選ぶことで何もかも昇華することが出来たのだろうか?
 晴天の青空に溶け込むような清々しい笑顔で昇天していった彼女は、この世の苦悩や悲哀もろとも昇華できたということなのだろうか?
 もしかしたら自分は、あまりにも突然に非現実的な事故に遭遇してしまったショックで幻を見たのかもしれないのだけれど。
 
 救急車が走り去ると、野次馬たちはしばらく事故の余韻に興味を引っ張られながらも、元の日常の行動に戻っていった。
 
 もう一度空を見上げてみる。
 高層ビルの隙間から見る空には、もう赤い傘は見えなくなっていた。
 どこまでも広がる青い空に、一滴の墨を垂らして掻き混ぜたように、跡形もなく晴れ晴れと澄み切っていた。
 















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