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『ぞうのババール』作者の心情が溢れる絵本

『ぞうのババール』こどものころのおはなし

作・絵 ジャン・ド・ブリュノフ
訳 やがわ すみこ
出版社 評論社


アニメにもなっている『ぞうのババール』はご存じの方も多いと思います。
私も子どもの頃、絵本よりも先にアニメでこのシリーズを知りました。

まずはあらすじ。
物語の冒頭で、いきなり幼いゾウのババールは人生最大の悲劇に襲われます。
ジャングルで母親に愛され、友だちと楽しく幸せに暮らしていたババールでしたが、ある日、目の前で狩人に母親を撃たれ、亡くしてしまうのです。
ババールは泣きながら必死に逃げて、人間が住む街へ逃れてきました。
そこでゾウの気持ちなら何でもわかる、大金持ちの優しいおばあさんに出会い、一緒に暮らすようになります。
おばあさんは財布ごとババールに渡してくれるので、ババールは欲しいものを何でも買うことができました。おしゃれな洋服や車まで、何でも手に入れることができます。
また、大学の教授が個人授業に来てくれて、申し分のない教育を受けることもできました。
こうした恵まれた生活が2年過ぎた頃、やはり生まれ育ったジャングルが恋しくなりました。
そんなタイミングで、いとこのアルチュールとセレストが街にやってきて、一緒にゾウの国に帰ることにしました。
国に帰ってくると同時期に、王様が毒キノコを食べて死んでしまいます。
人間の街で教養を身に着けたババールを、国のみんなは王様になってくれるように頼みます。
物語のエンディングでは、ババールはゾウの国の王様になり、いとこのセレストと結婚します。めでたしめでたし。

なんて夢物語のご都合主義!
とにかく大金持ちのおばあさんに出会うくだりから、ババールは幸運に恵まれ過ぎています。次から次へと幸運が舞い込み、最後は王様になり、結婚して気球で新婚旅行に出かけます。
奥付のページでは、気球に乗ったババール王とセレスト王妃が、幸せそうにハンカチを振るイラストが描かれていました。
絵本を読み聞かせているうちに、この都合の良さに少々しらけてきます。
「絵本ってそんなもんでしょ!」と達観した長男は、幼い頃読み聞かせてもらった記憶を思い出しながら「そういった考察はナンセンスだよ」と言います。
そうかもしれませんが、毎日のように我が子に絵本を読んで聞かせた母親目線から、どうしても絵本の裏側を探ってみたくなりました。
この何とも都合の良すぎる物語を、低評価で終わらせる前に、作者のジャン・ド・ブリュノフの当時の境遇を知る必要があります。

ジャンには3人の幼い子どもがいました。
ところがその頃、ジャンは不治の病とされていた結核を患っていて、自らの余命に気付いていました。

絵本の冒頭で愛する母ゾウが殺されて、人生最大の悲劇に見舞われるシーンは、自分の死を投影させているのではないかと想像することができます。
そしてご都合主義とも思える、ババールに次々と巡ってくる幸運は、幼い我が子をババールに見立て、悲しみに暮れずに希望を持って生きて欲しい。
周りの人に助けられながら、感謝を忘れず幸せになって欲しいという、父親の願いが込められているように思えます。

もともとはジャンの妻であるセシルさんが、子どもたちを楽しませる為に創作した小象の物語を、ジャンが「ババール」シリーズにしたもので、1931年の第一作から、1937年に自身が38歳の若さで亡くなるまで、一年に一冊というペースで描き続けました。
ジャンの死後、息子のロランがシリーズを受け継ぎ、ババールが誕生してから70年以上になりますが、今もなお世界中の子どもたちに愛されるシリーズとなっています。

長い人生では何があるかわからない。
ある日突然、大きな不運や不幸が襲ってくることもある。
そんな時、ふとこの絵本の中のババールを思い出して欲しい。
悲しみばかりに打ちひしがれて、時を過ごすのではなく、人生を逞しく切り開いて生き抜いて欲しい。
人生何があるかわからない。
思いがけず訪れる幸運や出会いがあるはず。
一度きりの自分の人生を思い切り楽しんで欲しい。

そんな作者のメッセージを感じたのは、私だけではないと思います。




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