見出し画像

絵本『てぶくろ』で追体験する共生とぬくもり

『てぶくろ』
絵:エウゲーニ・M・ラチョフ
訳:うちだ りさこ
出版社:福音館書店

<あらすじ>
おじいさんが森の中に手袋を片方落としてしまいます。雪の上に落ちていた手袋にネズミが住みこみました。そこへ、カエルやウサギやキツネが次つぎやってきて、「わたしもいれて」「ぼくもいれて」と仲間入り。手袋はその度に少しずつ大きくなっていき、今にもはじけそう……。最後には大きなクマまでやって来ましたよ。手袋の中はもう満員! そこにおじいさんが手袋を探しにもどってきました。さあ、いったいどうなるのでしょうか?

福音館書店HP

伝統的なウクライナ民謡にラチョフが挿絵を手掛け、1951年に旧ソビエト連邦で出版されました。日本では1965年に翻訳出版された『てぶくろ』。
幼稚園や保育園には必ず常備されて、子どもたちが演じる劇にも採用されたり、皆さんおなじみの絵本だと思います。

ロシアからの侵攻でウクライナの悲惨な惨状を、テレビ等で目の当たりにし始めた頃、ネットでこの絵本が話題になっていました。
優しさとぬくもりをテーマにしたウクライナ生まれの『てぶくろ』ですが、現実はあまりに残酷です。
今の世界情勢を鑑みて、この絵本から平和と共生を読み解く方も沢山いると思います。

*****************

我が家では寒い冬の夜、決まってこの絵本が登場しました。
最初は布団の中も冷たくて、絵本の中も雪景色。
そこに落ちていたのが暖かそうなてぶくろです。
最初にくいしんぼねずみがやってきて、てぶくろの中に住むことにしました。
次にぴょんぴょんがえる、続いてはやあしうさぎが「どなた?てぶくろにすんでいるのは?」と呼びかけて「いれて」とお願いします。
ねずみは「どうぞ」と招き入れてくれました。
それだけでもぎゅうぎゅうで、おしくらまんじゅうのようにぬくぬくです。
この場面に差し掛かる頃には、子どもたちがくるまっている布団も暖かくなってきました。

どんどん大きな動物が「いれて」とやってきます。
いくらなんでも絶対無理と思うのですが、先にてぶくろに入っていた動物たちは「どうぞ」と入れてくれるのです。
てぶくろは次第に大きくなり、家のように窓が出来たり、梯子ができて丈夫になっていきます。
最後には大きな熊も入ってしまいました。

ラチョフが描いた挿絵も素晴らしく、小さなてぶくろに熊までも入ってしまう不可能な物語の場面を、リアルに描いているところが、子どもたちの想像力を刺激して心が躍るのです。

ラチョフは登場する動物たちに民族衣装を着せて擬人化させています。
かつてその意味をインタビューで『民族性を表現したかった、人間性を民族衣装で表現したかった』と語っていたそうです。
ラチョフは第一次世界大戦、第二次ロシア革命、第二次世界大戦、少数民族強制移住という悲惨な時代を生き抜いてきました。
子どもたちが手に取る絵本で、登場する動物たちに民族衣装を着せ、民族性を主張することで平和を訴えたのではないか?
ラチョフが生きた時代背景を知ることで、大人だったらその深い意図も読み解くことができますが、純真な子どもたちは先入観がないので偏見や差別もなく、当たり前のように受け入れることができます。
登場する動物たちと自分たちを重ねて「いれて」「どうぞ」と、来るもの拒まず受け入れて、ぎゅうぎゅうなてぶくろの中で共生し、ぬくもりを分け合うことができるのです。

物語のエンディングは、てぶくろを森の中に落としたことに気付いたおじいさんが、犬と一緒に探しに戻ってくることで、あっけなく終わります。
おじいさんと一緒にいた犬が吠えると、あっという間に動物たちは消え、てぶくろも元の大きさのものに元通り。
まるで魔法が解けてしっまたようです。
やっぱり異文化に生きる者や、違う人種同士の共生は不可能なのか?
共存できる平和は夢物語でしかないのか?

絵本の『てぶくろ』を、動物たちと一緒に追体験した子どもたちは、暖かな布団の中でぎゅうぎゅうのぬくもりの余韻に浸っています。
絵本の中で感じた幸福感を忘れることはありません。
また森にてぶくろを置いてくれば、動物たちがやって来るかもしれないと思えるからです。

「いれて」「どうぞ」と何度も繰り返して、てぶくろがお家のように大きくなっていくのが面白くて。
肌を寄せ合いぎゅうぎゅうのぬくもりが楽しくて。

子どもたちの感性の中には、確実に平和と優しさが芽吹いていて、その無邪気さが、様々な争いに対する唯一の救いになるのではないか。

****************

ウクライナにとって、辛く厳しい冬が訪れていると思います。
人間も動物たちも、暖かな寝床で安らかに休める日が一刻も早く訪れることを、心から祈ります。




この記事が参加している募集

#わたしの本棚

18,188件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?