【小説】遥か彼方の四季

君たちの時間は少ない。中学校教師に言われた言葉を春夏はまだ覚えている。もう何十年も過ぎているのに。

(ああ、春の短さ……)

いまだ独身である春夏は、今後も独身であるだろう。
ゆくゆくは結婚して子を持つとふしぎと信じていたが。だがしかし。むずかしかった。ただ難しくて、いつの間にか、春も夏も過ぎてしまった。秋も終わりそうで冬に差し掛かり、島野春夏という人間の季節はすべて一巡してしまう。

冬を間近に、終わりを間近に控えて、春夏はつくづくと春と夏の尊さを噛み締めるのだ。

ああ、短かった。

あの先生も、もう人生の四季を終えているかもしれない。
儚い、時間の短さは。

後悔はしたくないけれど、想い残しはたくさんあった。また人間に生まれることができたらいいのに、人生をやり直せたらいいのに、そうしたら。なんて、夢想して、そんな小説を手に取って、みんな、同じことを想うのねとどうにか自分をなぐさめる。春夏は時間が恋しくて遥か彼方に去ったものたちが懐かしくて、また会いたくて、今度こそは、大切にするから、と。転生するおとぎ話のような想いを念じることが増えた。夢でもいいから見られないものか。

夢、くらい。
見られないものか。

そう、見られない。
季節は去るもの。老兵も去る。

ただ、もし、もしやり直して転生できて二度目の人生ができるとするなら、教師になるパラレルワールドにでも行けるのなら、春香もあの先生と同様に、生徒たちを、ぽかんとさせるだろう。おじさん、なにいってんだ。おじさん、うざい。おじさんよぉ……。

そんな目で見られてしまうと分かっていても、言うだろう。先生みたいに言うだろう。人生の春について。

「時間ってね、あっというまに、終わるんだから。春は短いものなんだよ」


END.

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