【がん治療記x受験奮闘記】治療の説明(3)
治療が始まる前、薬剤師から抗がん剤について詳しく説明があった。ただその説明を行う人は研修生だった。彼女は恐らく緊張していた。横で教育担当の薬剤師が見ていることも緊張の原因だろう。もし自分も病院で働く薬剤師になるのであれば同じようなことをするのだろうと想像しながら説明を受けた。
僕の場合、抗がん剤治療は点滴で3日間薬を投与した後、25日間経過を見るのを1コースとし、それを3回繰り返すと言われる。随分長いなと思った。副作用の辛さを理解していない僕はなるべく短期間で退院して勉強したかった。その25日間は僕にとって異様に長く感じたのである。
説明の内容はほとんど副作用に関することだった。まず、抗がん剤を投与してから数日間は嘔気や食欲不振、悪心などの症状があること。その後1週間ほどで骨髄抑制が始まり体力の低下や免疫力の低下、出血が止まりにくくなるなどの症状が出る場合があると言われる。さらに時間が経過すると脱毛が始まるらしい。
結局入ってきた情報はほとんど言葉の情報だけである。今までの説明もそうだった。言語以外の情報といえば、MRI画像に写る白い影や医師の深刻そうな顔くらいだ。がん治療の辛さなんて全く想像できなかった。経験したことのない症状を言われてもそれがどんなものかなんて伝えられないし想像もできない。伝えられるのは単なる言葉でしかない。つまり、僕はただ新しい言葉を知っただけ。症状の名前を知っただけ。感覚を言葉で伝えることはできない。経験しない限り知ることはできない。経験した人にしかわからないものであり、それを他人に伝えることは困難である。おそらくどんなに優秀な人間でもできないだろう。
知らぬが仏というのはこのような場面でも言えるのかもしれない。吐き気の辛さも免疫力低下の怖さも毛が抜けていく恐ろしさも僕には全く分からなかった。想像もつかなかった。だからこそ、治療中も勉強しようと思えたのだろう。第一志望校を変えずに受験勉強を続けようと思えたのだろう。
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