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言語学オリンピックの解き方・考え方

こちらの記事でも発表したように、特定非営利活動法人 国際言語学オリンピック日本委員会に参加することになりました。

⚠️【重要】⚠️

日本言語学オリンピック公式noteで公開される記事と異なり、こちらのアカウントの記事は個人の見解であり、国際言語学オリンピック日本委員会を代表する捉え方ではありません。ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。


JOL2024について

12月29日(金)に開催される日本言語学オリンピック(JOL)2024の応募もすでに始まっています!(※応募締切は12月15日(金))

とはいえ、言語学オリンピック(通称「「言オリ」)がどのようなものか、イメージが湧かないと、「難しそう…💦」とか、「色々な外国語を勉強しないといけないの?」とか、「言語学の知識なんて全然ないし😰」とか思ってしまうかもしれません。

そこで今回の記事では、読者にとっても身近であろう「英語の過去形」を例に挙げて、言オリの解き方・考え方について紹介していきます。出題対象の言語や言語学に関する前提知識は基本的に必要なく、問題として与えられているデータに基づいて、その背後に隠された文法規則を論理的に解き明かしていく競技なのだ、ということを実感していただければ幸いです。

上の日本言語学オリンピック公式noteの「JOL2024に挑戦しよう!」の記事でもサンプル問題が紹介されていますので、併せてご活用ください。


例題:英語の過去形を作る文法規則とは?

仮に、あなたは英語の過去形についての知識を持っておらず、言オリの問題で「へぇ〜、世界には『英語』っていう言語があるんだ〜」と初めて知った…というような想定で、次の問題を考えてみてください:

以下に英語の動詞の原形と過去形が与えられている。
※原形 → 過去形
※2音節以上の語は強勢の置かれる音節を太字で示している。

(1) accept → accepted
(2) hope → hoped
(3) play → played
(4) cry → cried
(5) occur → occurred
(6) visit → visited
(7) show → showed
(8) agree → agreed
(9) study → studied
(10) shop → shopped
(11) look → looked
(12) ski → skied
(13) plan → planned

Q1. decide, enjoy, offer, refer, watchの過去形は、それぞれどのようになると考えられるか?
Q2. bnik, goの過去形は、それぞれどのようになると考えられるか?
※goに関しては実際の過去形は wentであるが、このデータからはどのような形が予想されるか?

【注】Practical English Usage (4th ed.)および『ロイヤル英文法 改訂新版』を参考にガリレオが作問。実際の言オリでは発音記号 (International Phonetic Alphabet: IPA)で表記される可能性が高いものの、今回は英語学習者向けに特に綴りに注目して話を進めていきます。


何が起こっているのか?

1. -edをつける

(1) accepted, (3) played, (6) visited, (7) showed, (11) looked, (12) skied

2. -dをつける

(2) hoped, (8) agreed

3. 語末の子音字を重ねて -edをつける

(5) occurred, (10) shopped, (13) planned

4. 語末の yを iに変えて -edをつける

(4) cried, (9) studied


背後にある文法規則を分析!

-dだけをつける場合

まずパタン2の「-dをつける場合」に注目すると、(2) hope, (8) agreeともに原形の語末が eで終わっていることに気づきます。同時に重要なこととして、与えられたデータの中で例外(=語尾が eで終わっていながら「-dをつける」以外の形で過去形が作られている動詞)が存在しないことも確認しましょう。

以上のことから、「原形の語末が eで終わっているときには -dだけをつけて過去形を作る」という予測が立てられることになります。


語末の yを iに変えて -edをつける場合

続いて、パタン4「語末の yを iに変えて -edをつける」場合について考えてみましょう。

一見すると「原形の語末が yで終わっているなら yを iに変えて -edをつける」とすれば済むように思えるかもしれません。しかし、その仮説だと (3) play → playedが例外となってしまい、与えられたデータをすべて説明することができません。もう少し詳細に場合分けして分析する必要がありそうです。

原形の語末が yで終わる例の中で、単に -edをつける場合と yを iに変えて -edをつける場合を表のようにして見比べてみましょう:

◎原形の語末が yで終わる例
a) -edをつけるだけ:(3) play → played
b) y → i + -ed:(4) cry → cried, (9) study → studied

限られたデータではありますが、yの直前に注目すると違いが見えてきます。すなわち、yを iに変えて -edをつける場合に共通しているのは「子音+yで終わる動詞」という特徴を持っていることなのです。


語末の子音字を重ねて -edをつける場合

このパタンを示す (5) occurred, (10) shopped, (13) plannedだけ﹅﹅を眺めていても、その背後にある文法規則は見えてきにくいもの。語末が子音字で終わっていても、それが重ねられることなく -edだけを付けて過去形が作られる動詞と比べて違いを探すという視点が重要になります:

◎原形の語末が子音字で終わる例
a) -edをつけるだけ:
(1) accept → accepted, (3) play → played, (6) visit → visited, (7) show → showed, (11) look → looked

b) 子音字を重ねて -edをつける:
(5) occur → occurred, (10) shop → shopped, (13) plan → planned

これでも先ほどの「子音+y」vs.「母音+y」のような明確な違いは見えませんが、まず (3) playedと(13) plannedおよび (7) showedと(10) shoppedを比較すると、子音字でも yと wは重ねられないと言えそうです。

【注】「子音字が発音上で子音と対応しているか?」(play /pleɪ/, plan /plæn/, show /ʃəʊ|ʃoʊ/, shop /ʃɒp|ʃɑːp/)という観点も良いポイントですが、occur /əˈkɜː(r)/の rが必ずしも子音 /r/の発音に対応するとは言えない(が、過去形を作る際に重ねることは可能)ため、今回の分析においては役に立つ情報を与えてくれません。

次に、子音字が重なる occur, shop, planにおける強勢の位置を考えてみると、特に2音節語である occúr /əˈkɜː(r)/にとって重要なことですが、「強勢の置かれる母音+子音字」で終わっていることが分かり、これは第1音節に強勢が置かれて、過去形では子音字が重ねられない vísit /ˈvɪzɪt/とは対照的な振る舞いとなっています。

さらに、(1) accépted /əkˈseptɪd/において、原形が「強勢の置かれる母音+子音字」で終わっていても子音字が重ねられていないことから、この規則は「強勢の置かれる母音+子音字1つ」で終わる場合というように修正されます。

同様に、(11) look /lʊk/の過去形を作る際に語末の kが重ねられないことから、最終的に「強勢の置かれる1字の母音+子音字1つ (yとwを除く)」で終わる動詞の場合、語末の子音を重ねて -edをつける…という規則によって、与えられたデータを適切に記述することが可能になりました!

-edをつける場合

学習英文法では、最も基本的な過去形を作る規則として -edをつけると教えられますが、ここまで考えてきたことを踏まえると、むしろパタン2, 3, 4「じゃないほう」として適用されると考えるのが正確とも言えるでしょう。

※特殊な事情がない限りはこの規則に従う…という意味で「最も基本的」と表現することも妥当です。


言オリ的な言語分析の考え方

Q1を解いてみよう!

Q1. decide, enjoy, offer, refer, watchの過去形は、それぞれどのようになると考えられるか?

decide

原形が eで終わっているので -dだけをつける。
∴ decided

enjoy

yで終わっているが、「母音+y」であるため y → iとする規則の適用外。
∴ enjoyed

offer

「1字の母音+子音字1つ (yとwを除く)」で終わっているが、強勢の位置が第1音節であるため、子音字を重ねる規則の適用外。
∴ offered

refer

「強勢の置かれる1字の母音+子音字1つ (yとwを除く)で終わる」という条件に当てはまっているため、語末の子音字を重ねて -edをつける。
∴ referred

watch

「強勢の置かれる1字の母音+子音字3つ (yとwを除く)」の場合の振る舞いを確定させるデータは問題中にないが、論理的に考えて「子音字1つまたは3つの場合には語末の子音字を重ね、2つの場合は重ねない」という規則を想定することは不自然であり、そのような規則の存在を支持するような証拠もない。よって語末の子音字を重ねる規則の適用外であるというのが妥当性の高い予測と判断できる。
∴ watched


Q2を考えてみよう!

Q2. bnik, goの過去形は、それぞれどのようになると考えられるか?
※goに関しては実際の過去形は wentであるが、このデータからはどのような形が予想されるか?

bnikの過去形?

最初にハッキリさせておきましょう。bnikなんて動詞は英語に実在しません。実際の言オリでも、実在しないものについて問われることはありませんので、ご安心ください。

それでも、あえてこのような問題にまで踏み込んだのは、言オリを通して鍛えられる言語分析の力によって、出題の対象になっている言語のネイティブスピーカー(今回であれば英語話者)の直観にまで迫ることができるということを伝えたかったからです。

つまり、英語母語話者に「もし bnikという動詞があるとしたら、過去形はどんな形になると思う?」と尋ねたときに返ってくる答えも、今回の問題の分析を通して予測できるようになるのであり、その予測は、母語話者の脳の中に無意識に蓄えられている文法知識の一端を解き明かすものなのです。

それでは、英語母語話者は bnikの過去形をどのように考えると予測できるでしょうか?もちろん、返ってくる答えが100%完全に一致するとは限りませんが、あり得そうな回答は bnikkedと考えられます。

根拠となるのは、bnikが「強勢の置かれる1字の母音+子音字1つ (yとwを除く)で終わる」という特徴を有しているからで、ゆえに bnikでも語末の kを重ねると判断される可能性が高いと言えます。

傍証として、TikTokという語を「TikTokを投稿/閲覧する」という意味の動詞として使う(「ググる」を意味する動詞としての googleと同様の使い方)場合、TikTokkedのように綴る英語話者が一定以上いるようです:

※ただし、このような新語でありがちなことですが、TikTokedのようにシンプルに -edをつけるだけの用例も見られます。


goの過去形?

もちろん、英語学習経験があれば goの過去形は wentであると知っているでしょう。しかし言語学オリンピックの問題を解く際の考え方としては、goの過去形を wentと答えることが“正解”とは限りません。

人間の使う言語には、さまざまな原因で生じる例外や不規則性が生じるものであり、 wentの場合は ‘turn’を意味する wendanに由来する動詞が、gānに由来する goの過去形として用いられるようになった、つまり元々は全く異なる動詞であったものが、ひとつの動詞の活用変化の中に入り込んでしまった結果が現代に引き継がれています。(cf.『文法化する英語』, 保坂道雄, 2014, 開拓社.)

この go → wentに見られるような現象を補充法(suppletion)と呼びます。詳しく知りたい方は、堀田隆一先生(慶應大学)の hellog〜英語史ブログの以下の記事をご参照ください:

このように実際の言語事実としては「goの過去形は wentになる」ものの、ここで考慮する必要があるのは、「(1)~(13)のデータと照らし合わせて、goの過去形が wentになることを予想できるか?」という点。英語史の中で wendanに由来する動詞が goの過去形として用いられるようになった…という経緯は、(1)~(13)のデータの中には含まれていない情報ですよね。

言オリのルールのもとで、あくまでも設問で与えられたデータの範囲に基づいて goの過去形を考えるならば、goedという答案を出すことは、たとえ事実に反していても“正しい/妥当性の高い解答”として評価されるのです。

【注】(12) ski → skiedからの類推で、母音で終わる動詞には単に -edをつけて過去形を作ると考えられるため。

実際の言語研究においても、言語学者は一旦「goの過去形は goedになるのではないか?」というような予測・仮説を立てた上で、その予測に反して英語母語話者が wentという形を goの過去形として用いているといった例外的事実に直面し、仮説の修正を試みるというプロセスへと進むことになります。その際に「なぜ goからは予想もつかないような wentのような不規則な過去形が用いられるのか?」という疑問を解明するために様々な角度から研究が行われるからこそ、歴史的に特別な理由があったことが解明される確率が高まるのです。

以上のことから、「go → goed」という仮説を立てられた受験者は、不規則変化は例外と捉えた際に、設問内のデータで生じている言語現象を司る文法規則を深く正確に理解できていると考えられ、それゆえに評価されるというわけです。

英語ネイティブの子どもも、母語として英語を獲得する過程の中で、周りの人が実際に使っている例を耳にする機会がないにも関わらず、goの過去形として goedという形を用いることが報告されています (Pinker, 1994など)。このようなことからも、言オリを通してネイティブスピーカーの直観に迫ることができることが実感できるのではないでしょうか。

『パズ言』で楽しみながら、一歩ずつ言オリ力を磨いていこう!

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初級の最初の問題1(スペイン語「小さな世界」)は、ガリレオが家族や友人(スペイン語や言語学の知識はない)に突然「これ解いてみ!」と見せてみたノリでも解けるくらいの手軽さである一方、難関レベルの問題は実際の言オリの過去問にも迫るほどの手応えがあり、解く楽しみを味わいながら実践的な対策ができる一冊です。

JOL2024受験案内

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参考文献

※ガリレオ研究室は、Amazonのアソシエイトとして適格販売により収入を得ています。

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