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窓=「□□の〇〇」?|言語学オリンピック [IOL2005-2 ランゴ語] 解説

前回に引き続き、本記事でも言語学オリンピックの問題を題材に言語研究の考え方を紹介してみようと思います。

IOL2005-2 ランゴ語:「語対応」問題

今回は、日本言語学オリンピック (JOL) Webページにて「言オリ初心者に解いてほしいおすすめ過去問7選」の中で紹介されている、国際言語学オリンピック (IOL) 2005年の第2問、ランゴ語の問題です。

それでは、実際の問題を見てみましょう:

IOL-2005 ランゴ語の問題
出典:https://ioling.org/booklets/iol-2005-indiv-prob.en.pdf#page=2

問1:ランゴ語の語句と英語訳を対応させよう。

解説の中で整理・言及しやすいように、ランゴ語の語句に以下のように番号を付けることにします:

(1) dyè ̀ɔt
(2) dyè tyɛ̀n
(3) gìn
(4) gìn wìc
(5) ɲíg
(6) ɲíg wàŋ
(7) ɔ̀t cɛ̀m
(8) wìc ɔ̀t

※ iの点の上に⟪´⟫や⟪`⟫の tone記号をつける変換ができなかったので、ご了承ください。

Assignment 1は、(1)~(8)が、それぞれ以下の (ア)〜(ク)のどの訳語に対応しているか問われています:

(ア) eyeball「眼球」
(イ) grain「粒」
(ウ) roof「天井」
(エ) garment「衣服」
(オ) floor「床」
(カ) restaurant「レストラン」
(キ) sole of foot「足の裏」
(ク) hat「帽子」

STEP 1: やはり共通要素を抜き出してみよう

一見しただけでは、何も手掛かりがないように思えるかもしれません。ですが、まず基本手順は共通要素を探し出すこと。そうすると、(1)と(2)で ‘dyè’, (3)と(4)で ‘gìn’, (5)と(6)で ‘ɲíg’がそれぞれ使われており、さらに (1), (7), (8)に ‘ɔ̀t’、(4)と(8)に ‘wìc’が出現していることが観察できます。このことから、dyè, gìn, ɲíg, ɔ̀t, wìcの 5語は、それぞれ何らかの共通の意味を持つであろうと予測を立てて、分析を進めていくことにしましょう。

STEP 2: 語順のルールを分析

また、(3)と(4)、および(5)と(6)の関係をみると:

(3) gìn
(4) gìn wìc ← (3) gìnに ‘wìc’の意味を付け足す。
(5) ɲíg
(6) ɲíg wàŋ ← (5) ɲígに ‘wàŋ’の意味を付け足す。

…という関係性になっており、どうやらランゴ語の語順は、ざっくり言えば「後ろに付けた語で意味を加える(後置修飾?)」と推察できます。

STEP 3: 「足の裏」をヒントに訳語の意味を分解!

以上を踏まえて、今度は(ア)〜(ク)の訳語の方に目を向けてみると、まず (キ)の ‘sole of foot’だけがフレーズの形になっており、いかにも怪しい存在感を放っています。ここから、まずは直感として(間違っていたら分析し直せば良いのです)、‘sole of foot’に対応しそうなのは、1語だけで表されている (3) gìnや (5) ɲígではなさそうだ、という仮定ができそうです。

次に、(ウ) roofと (オ) floorも、ヒントを与えてくれそうなペアとして注目の対象になります。ここで、なぜこの2つが「ペア」と考えられるのか?と考えてみると、roofは「建物/家の上側」・floorは「建物/家の下側」にあるものと言えることに気がつくでしょう。

そこで、sole of footも「体の下側」にあることに気が付けば、解き方の方針が定まってきます。

今度は「建物/家」というキーワードに注目すると、(カ) restaurantも同じ意味要素を持っており、概ね「食事+建物/家」のように分析できると思われます。

同様に、(エ) garmentと (ク) hatの関係に注目すると、hatは「衣服+上側」のように分析でき、これは (3) gìnと (4) gìn wìc、または (5) ɲígと (6) ɲíg wàŋに対応する候補として有力であるように思えます(くどいようですが、現段階では全て仮説です)。

ちなみに、ガリレオはこの問題を解いている際に、(ア) eyeballと (キ) sole of footの間にも「体(のパーツ)」のような共通項があるのかな?という予測を立てたのですが、結果から言えばこの2つには関係性がありませんでした。STEP 4では、誤った仮定を修正しつつ、対応関係を絞り込んでいくプロセスを見ていくことにしましょう。

STEP 4: 仮説の修正を行いながら対応関係を見定めていこう

ここまでの分析をもとに、(ア)〜(ク)の英訳語を「意味の束」として再分析してみると、とりあえず以下のようになります:

(ア) eyeball「体+上側(?)
(イ) grain「粒」
(ウ) roof「建物/家+上側
(エ) garment「衣服」
(オ) floor「建物/家+下側
(カ) restaurant「食事+建物/家
(キ) sole of foot「体+下側
(ク) hat「衣服+上側

この仮説をもとに、それぞれの意味要素の出現頻度を抜き出してみると:

  • 建物/家 = 3回

  • 上側 = 3回

  • 下側 = 2回

  • 衣服 = 2回

  • 体 = 2回

  • 食事 = 1回

  • 粒 = 1回

…となるのですが、ランゴ語のデータ (1)~(8)に登場する単語の出現頻度と比較してみると、以下の通り齟齬が生じてしまいます:

  • ɔ̀t = 3回

  • dyè = 2回

  • gìn = 2回

  • wìc = 2回

  • ɲíg = 2回

  • tyɛ̀n = 1回

  • wàŋ = 1回

  • cɛ̀m = 1回

したがって、ここで仮説の修正が必要になります。具体的には、たとえばランゴ語のデータで 3回出現している ‘ɔ̀t’に対応するのが「建物/家」なのか「上側」なのか?というあたりからズレを正していくことになるでしょう。

この際に判断の指針となるのは、自身の立てた仮説の中で、より確からしいのはどれか?(逆に言えば、より自信のない仮説はどれか?)ということになります。今回であれば、roof, floor, restaurantで「建物/家」という意味要素が共通していそうだというのは、非常にもっともらしいと言えるのに対し、eyeballが「体+上側」という意味からなる…というのは、「そうとも言えなくはないかもしれない」程度のことで、ましてや「足の裏」と「眼球」が対立するペアになり得るのか?というのは、「床」と「天井」のペアと比較したとしても、かなり疑わしいということになります。

以上のような考えをもとに、仮に「ɔ̀t = 建物/家」としてランゴ語のデータを見てみると、(1)と(8)でペア関係が作れそうなことが観察できます:

(1) dyè ̀ɔt → 「上or下+建物/家」(?)
(8) wìc ɔ̀t →「上or下+建物/家」(?)

(7) ɔ̀t cɛ̀m → restaurant「建物+食事」(?)

また、語順を考えた際に、「roof = 建物/家の上側」・「floor = 建物/家の下側」に対し「restaurant = 食事の建物/家」のような関係になるので、‘ɔ̀t’の位置が 2:1の割合で 2語目・1語目にそれぞれ生じていることも注目ポイントです。概略、「AのB」がラング語では「B A」の順となる、と推定すれば、データの振る舞いを正しく捉えることができそうですね。

もし「ɔ̀t = 上側」の仮説を正しいものとして進めていくならば、(1)と(8)が、それぞれ (ア) eyeballと (キ) sole of footのいずれかと対応するはずとなりますが、それだと STEP 3で考えた以下の予測との整合性も取れなくなります:

(エ) garment「衣服」
(ク) hat「衣服+上側」

(3) gìn と (4) gìn wìc
(5) ɲíg と(6) ɲíg wàŋ 
いずれかに対応?

ここで、(4)と(8)で ‘wìc’が共通していることから、「wìc = 上側」と推測して整理すると、(1), (3), (4), (7), (8)を次のように仮定できます:

【仮説:wìc = 上, dyè = 下, ɔ̀t = 建物/家, cɛ̀m = 食事, gìn = 衣服】
(1) dyè ̀ɔt → floor「下+建物/家」
(8) wìc ɔ̀t → roof「上+建物/家」
(7) ɔ̀t cɛ̀m → restaurant「建物/家+食事」
(3) gìn → garment「衣服」
(4) gìn wìc → hat「衣服+上」

STEP 5: その仮説を進めていって、データと一致するか?

この段階で残っているのは (2), (5), (6)となり、訳語の候補として残っているのは (ア) eyeball「眼球」, (イ) grain「粒」, (キ) sole of foot「足の裏」です。

ここで「dyè = 下」だとすると、もうひとつ ‘dyè’の出てくる (2)が ‘sole of foot’に対応するはず、ということになります:

(2) dyè tyɛ̀n → sole of foot「下+体(?)」

語順に注目しても、(1) dyè ̀ɔt → floor「下+建物/家」と共通点を見出せるということから、この分析は有力と言えそうです。

また、(イ)の grain「粒」は、意味の面で(も)、それ以上細かく分けることが難しいように思えます。とすると、(5) ɲígに対応するのではないか?と考えることができます:

(5) ɲíg → grain「粒」

すると、消去法で (6) ɲíg wàŋが (ア) eyeball「眼球」に対応することになるわけですが、その分析の妥当性について考察してみましょう:

(6) ɲíg wàŋ → eyeball「眼球」

この方向で仮説を進めていくならば、STEP 2で触れたように、(6) ɲíg wàŋは「wàŋの粒」という意味の要素によって構成されていると分析されることになります。よって、当初の「眼球=体の上の方にあるパーツ(?)」という仮説の修正を行うかどうか判断していきましょう。

ここで、日本語の「眼球」・英語の ‘eyeball’のどちらも「目の玉」と表現していることに注目してみると、ランゴ語では「目の粒」のような意味合いで表現されているとしても、(深い納得は得られないかもしれないですが)それほど違和感はないように思えてきます。

そうすると、(2) dyè tyɛ̀nも「tyɛ̀nの下側」ということで、tyɛ̀nは「体」ではなく「足」と捉えて良さそうだという再分析もできます。

以上をまとめると:

(1) dyè ̀ɔt = floor「建物/家の下側 ‘bottom of house’」
(2) dyè tyɛ̀n = sole of foot「足の下側 ‘bottom of foot’」
(3) gìn = garment「衣服」
(4) gìn wìc = hat「上側の衣服 ‘garment of head’」
(5) ɲíg = grain「粒」
(6) ɲíg wàŋ = eyeball「目の粒 ‘grain of eye’」
(7) ɔ̀t cɛ̀m = restaurant「食事の建物/家 ‘house of eating’」
(8) wìc ɔ̀t = roof「建物/家の上側 ‘head of house’」

‘ ’で示した直訳的英語の出典:https://ioling.org/booklets/iol-2005-indiv-sol.en.pdf#page=2

問2:‘cɛ̀m’と ‘dyè’を英訳しよう。

  • cɛ̀m = eating

  • dyè = bottom

(問1の解説の中で考え方は説明済みのため省略します。)

問3:‘window’をランゴ語に訳そう。

この問題は、手元にあるランゴ語のデータだけで ‘window’をランゴ語で表すことができるということ自体がヒントとなっています。

「窓」を「□□の〇〇」という形で言い表すとしたら?という発想で、ランゴ語の語順ルールにも注意しながら、ぜひご自身で考えてみてください。
→ 解答PDFリンクはこちら

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ご興味のある方は、以下の日本言語学オリンピックのウェブサイトから詳細をご確認ください:

雑感

今回このランゴ語の問題を扱ってみた理由は、日本語や英語などでは「単語」として表現されているものであっても、実はそれを認識する際には、無意識のうちに様々な意味の側面を組み合わせて理解しているという点に注目し、紹介してみたいと思ったからです。

個人的には、このランゴ語の問題は、言語理論としては Pustejovsky (1995)の「クオリア構造:Qualia Structure」にも通じるものがあるかな?という印象を抱いています。

一例として、今回の問題で登場した「ɔ̀t: 家/house」という語で概略だけ説明してみますと、「ɔ̀t: 家/house」が表す対象は、たとえば以下のような性質を持ったものと考えることができます:

  • 無生物かつ、人間(大工さん)によって建てられる人工物
    → この意味で、自然にできた「ほら穴」や「洞窟」と区別される。

  • 木・コンクリート・レンガなどで作られ、扉・屋根・天井・床・部屋・壁などの部分から構成される
    → ランゴ語では、ɔ̀t = houseの構成要素である天井や床を、wìc ɔ̀t = ‘head of house’や dyè ̀ɔt = ‘‘bottom of house’のように表している。

  • 主に家族が居住(定住)のために用いる建物
    → 「家」と「アパート」や「マンション」、「シェアハウス」との区別、あるいは「レストラン」や「オフィス」、「テント」との区別は、ここに挙げた【用途・目的・機能】に注目していることになる。
    → ランゴ語の ɔ̀t cɛ̀m = restaurantも、より基本的な ɔ̀t = houseとの【用途・目的・機能】の違いに注目している。

身の回りの言語表現を少し見渡してみるだけでも、

glasses「メガネ」→ sunglasses「サングラス」
mail「手紙」→ email「(電子)メール」
phone「電話」→ smartphone「携帯電話/スマホ」

…などなど、今回の問題に登場したランゴ語の例と似たような言語表現が数多くあることに気づくことができるはずです。

我々が、既存の単語を元に、新しい意味や用法を創造的に生み出す際に、その背景にあるメカニズムはどのようなものなのか?元の単語の意味のどの側面に注目し、どんな違いを強調しているのか?…ということを意識してみると、実に面白いことばの世界が見えてくるのです。

参考文献

「クオリア構造:Qualia Structure」について:
影山太郎 [編] (2011) 『日英対照 名詞の意味と構文』 東京: 大修館書店.

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