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QuizKnock動画の題材になった言語学オリンピックの問題(シャレイア語)で、言語分析の考え方を解説!

先日、QuizKnockさんが言語学オリンピックの問題を題材にした動画をアップされていました。

「5年も QuizKnockやってるのに、こんなオモロいものがあったとは!」と、ご本人たちも「早く第2回やりたい」と楽しそうに解かれていたことが、言語学を専門としている身としては非常に嬉しく感じました。

またガリレオ個人的には、言語学オリンピックといえば、UCL留学中に UKLO Markathonというイギリス予選の採点ボランティアに参加する機会があり、それをきっかけに興味を持っていたものに、思わぬ形で再会することになりました。

言語学の問題が題材とあっては、動画を途中で止め、自分で解いてみたくなるもの。QuizKnockさんの動画では省略された問題も含め、日本言語学オリンピックの 2021年過去問から、シャレイア語の問題に取り組んでみました。

【過去問リンク】(日本言語学オリンピック JOL Webページより)
日本言語学オリンピック2021問題冊子(スペシャルエディション)

QuizKnockの須貝さんとふくらPさんは、流石のスピードと効率で解かれていましたが、今回の記事では、実際に言語学オリンピックの問題を解いたり、ひいては言語研究を行う際に、どのような思考プロセスをもとに、どのような手順で分析を進めていくのかについて、詳しく解説していきます。

シャレイア語データ分析メモ
QuizKnock動画の問題(過去問改題)を解いた際のガリレオのメモ

STEP 0: あると嬉しいミニマルペア

言語学者が未知の言語を分析するとなった場合に「初手の定石」のようなものがあるとすれば、ミニマルペア (minimal pair)を探すというアプローチが一般的と言えるでしょう。ミニマルペアとは、たとえば英単語の light /laɪt/「光・軽い」と right /ɹaɪt/「右・正しい」のように、1箇所のみ異なるペアのことを指します。日本語のカタカナ語としての「ライト」と違い、英語では LとRの音が意味の違いに寄与していることが、light/rightという意味の異なる2語のペアの存在から判断できるというわけです。

今回のシャレイア語の問題で言えば、もし仮に言語データのセットの中に、たとえば

(1) 私の母はを切っている。
(2) 私の母はを切っている。

という日本語訳に対応する例文ペアがあったとしたならば、その中で異なる箇所(言語によっては必ずしも「単語」として現れるとは限らない)が、「肉」と「魚」の違いに対応していると推察することができます。

STEP 1: 共通項を抜き出してみる

しかしながら、今回の問題も然り、そんなに親切なミニマルペアのデータが用意されていることはまずありません。というより、それだと簡単すぎて解く楽しみが半減してしまうとも言えますね。

そこで、「共通の要素が含まれる例文に注目して、分析対象の言語と日本語訳の対応関係をあぶり出す」というのが現実的な出発点になります。実際に言語学オリンピックで出題されたシャレイア語の問題のデータを元に考察してみましょう:

出典:JOL2021 スペシャルエディション (p.5)

もちろん様々なアプローチがあり、以下に展開するガリレオの解法が最善手というつもりもありませんが、私ならまず (c)と(f)に共通して現れる「イチゴ」、次いで (a)と(g)に出てくる「ベッド」から探し始めます。

その理由は、(c)では自然な日本語訳のために「イチゴ」となっているものの、英語で考えれば以下のように、「イチゴ」は共に文の目的語として機能しているので、その意味でも同じ形で出現している可能性が高いと判断できるからです。

(cʹ) My mother likes strawberries.
(fʹ) Your father was eating strawberries at the school.

それを踏まえてシャレイア語の例文 (c)と(g)を比較すると:

(c) sâfat a fax i tel e micés.
私の母はイチゴが好きだ。(参考:私の母はイチゴを好む。[ガリレオ訳])
(f) sôdec a qâz i loc e micés vo kossax.
あなたの父は学校でイチゴを食べていた。

‘(e) micés’が共通して出てきており、これが「イチゴ(を)」に対応していると推察できます。さらに言えば、他の例文では ‘micés’が使われていないことも、この分析をサポートする(加えて「e = イチゴ」の可能性を排除する)ための重要なチェックポイントです。

同じ要領で (a)と(g)を比較してみると:

(a) qinilac a tel e deset afegiv ca kossax.
私は新しいベッドを学校に運んでいる。
(g) déqet a loc ca deset i ces.
あなたは彼のベッドに座っていた。

‘deset’という語が共通していることが観察され、ここから「deset = ベッド」と推論できます。また上で「イチゴ」のときに ‘e micés’となっており、(a)の「(新しい)ベッド」の場合でも ‘e deset’であるところから、‘e’は「〜を」に対応する助詞のようなものであり、そこから考えると (g)の ‘ca’は「ベッド」の「〜に」に対応しているのではないか?という推測も立てられることになります。

STEP 2: 要素と意味の対応関係を分析

STEP 1の考え方を続けていくと、(b)と(d)で「彼は」という主語が共通しており、シャレイア語の例文では ‘a ces’が両方に現れていることが見てとれます:

(b) kômat a ces e solak aduzaf.
彼は赤くない服を着ている。
(d) dusalet a ces e zisrasál.
彼は医者ではなかった。

さらに、改めて (g) déqet a loc ca deset i ces.「あなたはのベッドに座っていた」を見ると、ここでも(そして (b, d, g)のみで) ‘ces’が用いられていることから、「ces = 彼」の関係が導き出せ、同時に「a = 〜は」(より専門的に言えば、主語をマークする助詞)と考えられます。

次に、(f)と(g)、および (a), (c), (e)をそれぞれ比べ、今までの分析とも合わせて整理していくと…

(f) sôdec a qâz i loc e micés vo kossax.
あなたの父は学校でイチゴを食べていた。
(g) déqet a loc ca deset i ces.
あなたは彼のベッドに座っていた。

(a) qinilac a tel e deset afegiv ca kossax.
は新しいベッドを学校に運んでいる。
(c) sâfat a fax i tel e micés.
の母はイチゴが好きだ。
(e) duzamekec a tel e ritif vo sod.
は家で魚を焼いていなかった。

2.1 名詞・代名詞

  • micés「イチゴ」

  • deset「ベッド」

  • tel「私」

  • loc「あなた」

  • ces「彼」

また、(c), (f), (g)から「〇〇の××」が ‘×× i 〇〇’に対応しているであろうと判断できるため:

(c) sâfat a fax i tel e micés.
私の母はイチゴが好きだ。
(f) sôdec a qâz i loc e micés vo kossax.
あなたの父は学校でイチゴを食べていた。
(g) déqet a loc ca deset i ces.
あなたは彼のベッドに座っていた。

  • fax「母」

  • qâz「父」

ここまで絞り込めば、残る名詞も、各例文と日本語訳を照らし合わせて、消去法から推定していけるようになります:

  • kossax「学校」← (a), (f)

  • zisrasál「医者」← (c)

  • ritif「魚」← (e)

  • sod「家」← (e)

  • xoq「本」← (h)

  • solak「服」← (b), STEP 3の考察も参照

2.2 助詞

シャレイア語では、日本語とは逆で名詞のに助詞が付き、以下のような対応関係になります:

  • a「〜は」:主語

  • e「〜を」:目的語

  • i「〜の」:所有

  • ca「〜に」:方向

  • vo「〜で」:場所 ← (e), (f)

STEP 3: 語順のルールを暴いていこう

3.1 名詞句の語順(形容詞の修飾について)

この問題に対して STEP 2に挙げたような段階まで分析を進めた段階で、個人的には自然と﹅﹅﹅、たとえば (a)における「新しい」に対応する語は ‘afegiv’だろうと判断していました。

(a) qinilac a tel e deset afegiv ca kossax.
私は新しいベッドを学校に運んでいる。

しかし厳密には、ここまでの経緯では (a)においては ‘afegiv’だけでなく ‘qinilac’も「分析が終わっていない語」であり、こちらが「新しい」に対応する可能性も理屈の上では残っているはずです。

言語学オリンピックの問題は、分析対象の言語そのものや、言語学の背景知識が無くても解けるようになっているのですが、ここでガリレオが(無意識のうちに)使っていた言語学の知識として、「新しいベッド」は、名詞「ベッド」を中心(専門的には主要部:head)とした名詞句というまとまり(専門的には構成素:constituent)を作る、というものがあります。

STEP 1で「decet = ベッド」と推定している上で、それに後続している ‘afegiv’と、文頭にある ‘qinilac’を比較した場合、‘afegiv’が ‘decet’を後置修飾して [decet afegiv] =「新しいベッド」という名詞句を構成していると考える方が、文頭の ‘qinilac’がいきなり数語飛び越えて ‘decet’を修飾すると想定するよりも言語として自然という判断です。

ただしこれは、言語学オリンピックの問題の解き方としては正攻法ではないかも知れず、あくまでも与えられた言語データに基づいて形容詞と修飾関係を分析していくならば、(h)の「赤い」と (b)の「赤くない」に注目すると良いでしょう:

(h) salat a xoq i tel e azaf.
私の本は赤い
(b) kômat a ces e solak aduzaf.
彼は赤くない服を着ている。

否定要素が入っているところで少し気づきにくくなっているかも知れませんが、‘a-zaf’という要素が「赤い」に対応しているのだろう、と推察でき、他に否定の要素が含まれている (d), (e)も参照すると、単語内の位置は違えど ‘du’が共通して現れていることからも、これが否定を表す要素であると考えることができます:

(d) dusalet a ces e zisrasál.
彼は医者ではなかった
(e) duzamekec a tel e ritif vo sod.
私は家で魚を焼いていなかった

以上のことから、(b)の ‘solak aduzaf’は「赤くない服(solak = 服 + aduzaf = 赤くない)」に対応し、シャレイア語の名詞句の語順はデータから判断する限り「名詞←形容詞」という後置修飾である、と言えることになります。

3.2 シャレイア語の文の語順

さて、ここまで来れば、各例文の文頭の単語が動詞であり、シャレイア語の語順は V-S-O (+副詞要素:「〜で」/「〜に」)であると推定できます。

念には念を入れるならば、例文 (a)~(h)の日本語訳の動詞部分に注目すると、(d)「彼は医者ではなかった」と (h)「私の本は赤い」を英訳して考えた際に be動詞が共通して現れ:

(dʹ) He was not a doctor.
(hʹ) My book is red.

※正確には ‘xoq’「本」が単数か複数か、そもそも単複の区別があるのかは問題から判断不可。

対応するシャレイア語の例文では、文頭の語が ‘salat’ / ‘(du)salet’と類似しており、3.1の分析での ‘du’が否定に対応しているであろうという推察とも合わせて考えると、やはり文頭が Vであろうという判断が妥当と思われます:

(d) dusalet a ces e zisrasál.
He was not a doctor.
(h) salat a xoq i tel e azaf.
My book is red.

もっと言うならば、(d)と(h)以外の例文の日本語訳では使われている動詞が異なり、シャレイア語の例文でも文頭に現れる語は (d), (h)以外では(後述する語末の要素を除いて)共通項を見出せないことからも、VSOという語順の分析の妥当性が補強できると言えるでしょう。

STEP 4: 動詞にまつわるルールの分析


4.1 時制 (Tense): 現在か過去か?

今回の問題の日本語訳を見ていくと、(a), (b)で「〜している」、(e), (f), (g)で「〜していた/〜ていなかった」となっています:

a) qinilac a tel e deset afegiv ca kossax.
私は新しいベッドを学校に運んでいる
b) kômat a ces e solak aduzaf.
彼は赤くない服を着ている

e) duzamekec a tel e ritif vo sod.
私は家で魚を焼いていなかった
f) sôdec a qâz i loc e micés vo kossax.
あなたの父は学校でイチゴを食べていた
g) déqet a loc ca deset i ces.
あなたは彼のベッドに座っていた

ここで、動詞と分析した各例文の最初の単語の語尾に注目すると、現在の出来事を表している (a)と(b)では ‘-ac / -at’で終わっており、対して過去の出来事を表している (e), (f), (g)では ‘-ec / -et’で終わっていることが確認できます。

さらに、同じく現在の状況を表している (c)と(h)を確認すると、どちらも語末は ‘-at’であり:

(c) sâfat a fax i tel e micés.
私の母はイチゴが好きだ
(h) salat a xoq i tel e azaf.
私の本は赤い

過去の状況を表している (d)では、語末は ‘-et’であることが確認できます:

(d) dusalet a ces e zisrasál.
彼は医者ではなかった

以上のことから、まずは「現在時制 = -a-」「過去時制 = -e-」というところまでは推定できるでしょう。

4.2 相 (Aspect): 「〜している」・「〜していた」問題

今回の問題で1番の難所となり得るのは、‘-c’で終わる場合と ‘-t’で終わる場合をどう区別するか?というところでしょう。

ガリレオも、(c), (d), (h)がすべて ‘-t’で終わっていることから、冒頭に挙げた QuizKnockの動画 (13:38頃)でふくらPさんが述べている「状態動詞 vs. 動作動詞」の可能性が最初に頭に浮かびました。

しかし正確には、動画でその直後に解説されているように:

  • -c = 進行相:動作の途中段階

  • -t = 継続相:動作が完了した結果状態の継続

という使い分けがなされており、動画 13:50頃〜の日本語の「着ている」に対する、「着用済み:kômat」と「着替え中:kômac」の例で非常に分かりやすく解説されています。

この使い分けは、実際の問題(イ)の (34)「医者は新しいベッドに座ろうとしているところだ」・ (35)「あなたの母は魚を焼き終わっている」、および動画でも扱われている(ウ)「私は図書館で人を探している」のシャレイア語訳に答える際に特に重要となるポイントとなるのですが、出題者がそこを問うていることを逆にヒントと考える発想も大切です。

「座っている」と「座ろうとしている」・「焼いている」と「焼き終わっている」の違いはどこにあるのか?そしてシャレイア語では、ことばの上でその違いをどのように表現しているのか?と考えを巡らせていけば、正しい言語データ分析にたどり着ける可能性は高くなっていくはずです。

📣UPDATE|日本言語学オリンピック (JOL) 2024募集開始

それでは、本記事のトップ画像に載せた「彼は本を運んでいる」のシャレイア語訳だけ、解答を示してみましょう:

【問題(イ)- 31)】
qinilac a ces e xoq.

その他の問題および解答については、日本言語学オリンピックホームページの以下のリンクから入手できますので、ぜひ本記事の解説も参考に、ご自身で取り組んでみてください:

問題冊子(2021年スペシャルエディション)
https://iolingjapan.org/pdf/jol2021-se.pdf
解答
https://iolingjapan.org/pdf/jol2021-sol.pdf

JOL 日本言語学オリンピック「過去問・資料まとめ」

また、日本言語学オリンピックでは、2024年の応募者を 12/15(金)まで募集中とのことです。選抜枠には「次のIOL個人戦の時点で20歳未満かつ大学教育を受けていないこと」という参加資格の制限があり、参加制限のない「オープン枠」もあります。

ご興味のある方は、以下の日本言語学オリンピックのウェブサイトから詳細をご確認ください:

雑感:シャレイア語の問題を解いてみて

言語学オリンピックの問題としては、今回のシャレイア語の問題は解きやすい方かと思いました。だからこそ、初めて言語学オリンピックというものに触れる方にもオススメの問題とも言えます。

この問題で示された (a)~(h)の例文は、すべて VSOというシャレイア語の基本(?)語順が保たれていましたが、「a = 〜は」・「e = 〜を」といった助詞が存在するということは、実際には情報構造などに応じて語順をもっと自由に動かせる言語なのではないか?と考えられます。

つまり、たとえば英語ですと、SやOといった文法関係は語順に依存して示さなければならないため、以下の2文は「誰が誰を殴ったか」に関して異なる意味になってしまいますが:

(3) Mary hit John.
メアリー『が』ジョン『を』殴った
(4) John hit Mary.
ジョン『が』メアリー『を』殴った

シャレイア語ならば、理論的には以下のどちらの語順で表しても、「彼の母『が』医者『を』好きである」という文法関係は保つことができます:

(5) sâfat a fax i ces e zisrasál.
好きだ / は-母 / の-彼 / を-医者
(6) sâfat e zisrasál a fax i ces.
好きだ / を-医者 / は-母 / の-彼

よって、「彼の母は誰が好きなの?」という問いに対しては (5)、「誰が医者を好きなの?/医者のことが好きなのは誰?」という問いに対しては (6)のように答えることにより、最も情報価値の高い新情報を文末に置くことができる可能性があり、言語の振る舞いとしては自然なことです。

出題された問題の言語データの範囲の、その先に広がる文法の可能性にまで思いを馳せてみると、実に面白い世界が見えてきます。まずは言語学オリンピックの問題を謎解き・暗号解読のように楽しんでみて、ことばの面白さに触れてみてください。

出典について

本記事で紹介している日本言語学オリンピック (JOL)の過去問につきましては、国際言語学オリンピック日本委員会の CC-BYライセンスに基づき共有しています。

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