エクトル・エレーラシステムがもたらしたもの〜アトレティコ・マドリーのスカウティングレポート〜

ちょうど区切りの良いところで中断期間に入りましたので。
システム変更した以降のアトレティコをまとめてみます。予習復習。


ちなみに、"エクトル・エレーラシステム"と言いまくってますがどこかで出てきた言葉でもシメオネが言ったわけでもなく完全におれが勝手に言っているだけです。もはやシメオネがエレーラがいないと成立しないと思っているかどうかも不明。退団決まってるしな。

てなわけで、まとめます。最近の戦いを振り返るつもりで。いきましょうか。

※まずこの記事では、特定の選手の長所、短所に多く言及しています。ただしその全てが選手の"特徴"を表現しているに過ぎません。
こんな短所があるからこの選手はいらない、使えない。そんな捻じ曲がった馬鹿げた主張の補完に僕の文章を利用する事はご遠慮ください。全員大切な、アトレティコ・マドリーの選手です。よろしくお願いします。


●戦いぶり

25節オサスナ戦から採用した当システムでの戦いぶりを振り返る。戦いぶりってもうちょい何か良い言い方なかったですかね。

まず、21節のレバンテ戦がポイントとなった。当時まだシーズン1勝で断トツの最下位だったレバンテにホームで0-1敗戦。ボール保持を明け渡し、プレスラインも定まらない最低な試合で敗れた。その次の試合から、システムを変更した。

vsオサスナ(A) ○3-0
vsユナイテッド(H) △1-1
vsセルタ(H) ○2-0
vsベティス(A) ○3-1
vsカディス(H) ○2-1
vsユナイテッド(A) ○1-0
vsラージョ(A) ○1-0

※マッチレビューに飛べます

そこからは7戦で6勝1分。13得点3失点。ほぼ完璧な成績。
フェリックスが5得点でこの間チームトップ。
CLではマンチェスター・ユナイテッドを破りベスト8進出。
ラリーガでは5戦全勝でCL圏の4位に復帰。最低限の目標は果たせそうなポジションへ戻ってきた。


●システム分解

4-4-2への回帰、を軸に組まれた新システム。右SBのヴルサリコ、代役となる予定だったヴァスの負傷で最終ラインが立ち行かなくなり、ジョレンテが大外を務める形になっていった。この時点で当初標榜していた戦いが出来ていたわけではない事がわかる。

画像1

元々は4-4-2

画像2

途中からは3-5-2(5-3-2)のようなメンツに


後述するがどちらでも非保持の仕組みはほぼ変わらず、攻撃でジョレンテがどの位置にいるか、などの違いはあったが構造は同じ。なので両方合わせて新システムだよ、の気持ちでそれぞれ見ていく


●プレスと撤退

まず大幅に改善した非保持から。このシステムで良くなった点はプレスと撤退の双方にあるので一つずつ見ていこう。


■プレス
まずはプレス。相手最終ラインへの圧力が全くかからない、という今季の弱点を見事に改善した。
まず、今季の2トップの守備は概ね、どこを警戒してどこを消しているのか不明な事が多かった。割といつも。まあこれをスアレスが走れないだのフェリックスが守備をしないだのと文句を言って終わらすのは簡単なんだが、おれは全体構造の話をしておく。

撤退

5-3-2撤退。なのに相手SBの持ち出しをどうにかしようと2トップが無理なポジションを取る。まあそれは無理だ。前2人と後ろの5-3との間に相互関係が何もない。ただ前2人がボールを追いかけている状態。これでは奪えない。それどころか逆効果。

撤退2

結果的に遠い方のCB、さらにはアンカーポジションを空けてしまい、簡単に前進される形を連発。まず、じゃあ何故5-3-2なのか、がそもそも不明な守り方が多かった。撤退を意識して最終ラインに5枚置いているが、前線で奪えたらいいなという出来もしない希望を抱いて無駄な動きをしているように感じられた。言い方は悪いが。

クーニャが先発している試合に感じた矛盾がその最たるものだ。彼はアトレティコのFWの中では特に意欲に溢れ、守備での無駄走りも厭わないエネルギッシュな選手だ。走力を失ったスアレスの代わりに起用された事もあって、試合を見ているアトレティはそのコントラストに否が応でも期待した。彼の前プレが、この閉塞感を打開してくれると。

しかし、そうはならなかった。むしろクーニャが前線を駆け回って守備する試合に限って、チームは簡単なロングボールに苦戦した。昇格組のマジョルカのCBからのロングボールでピンチを招いているのだ。話にならない。

前半27分

マジョルカ戦。
結局、後方が相手を捕まえて取り所を設定出来ていないのにFWが自分の配置を飛び出していくのはマイナスの影響が大きすぎる。クーニャには早く怪我を治して、今のシステムで好きなだけ走り回ってほしい

何度も書いているように、現システムでは左SHロディの立ち位置を軸に配置を変えて守る。簡単に言うと相手最終ラインにプレスをかける時にはロディは左SHになって4-4-2、ファーストサードでボールを奪えず撤退する時はロディがWBになって5-3-2、と思ってもらえば大体合ってる。

前プレ

セルタ戦より。まず前プレしたい時。
ロディが相手SBに圧力をかけて前進させない。右側はジョレンテ、最近の人員だとデ・パウルが左SBまで出てきたり、左側からコケとロディが出てきてデ・パウルはエレーラと共に中盤に残ったりしている。ここは撤退の考え方と連動するので見ていて面白い箇所ではある。

この前プレの形が何故出来るようになったか。ここで冬の補強が関わってくる。ヘイニウド・マンダヴァの加入だ。

・ヘイニウド・マンダヴァが補完する守備構造
まずヘイニウドという選手は、SBとCBの両ポジションをハイレベルにこなせるファイターである。左サイドの配置をイジって守備組織を可変させたいアトレティコの新システムに必要なピースだった。

ヘイニウド

このポジション。これまでこのポジションでプレーしていたのはエルモソだ。彼はビルドアップとロングボールの質、持ち運べる技術でチームのビルドアップシステムに欠かせない選手として活躍していたが、このチームのDFにしては珍しく、というか唯一、対人守備の強度と背走のスピードに欠ける選手である。エルモソのポジションでドリブル突破を仕掛けられる、あるいはエルモソの背後目掛けてロングボールを狙い撃ちされる形はアトレティコにとって何とか隠したい弱点だ。バルサ戦では普通に致命傷を負った。

フェリックス周辺

思い出すと発作を起こしそうになる図

2点目2

思い出すと頭痛が酷くなる図
ここの弱点を極小化するために、これまではわざわざ5バックを指向していたと言ってもいい。エルモソを隠す事が守備配置の理由になっていた。

ヘイニウドはまさにこの対人、そして背走の強さに特徴があるDFである。そしてCBの強度とSBのスピードを併せ持つ選手でもある。4バック左SBと5バックの左CBを行き来するシステムには最適の能力。ビルドアップ性能は普通。クロスも別に上手くない。
彼の起用により、左SH(WB)が後方の守備を気にする事なく前へ出られる環境を作る事が出来る。これでロディが相手SBにプッシュする状況を作れたのだ。

ヘイニウド

ラージョ戦より。これが前プレ改善の理由。


■撤退
前プレがハマらず前進された場合は最終ラインを5枚揃えて撤退する。

撤退

ユナイテッド戦より。ロディがそのまま最終ラインに吸収されて5枚に。ここで改善したのはCBの3枚の対応。

画像9

3CBの悪い対応
アトレティコは3バック(5バック)で戦っている際に、先季からずっと指摘している事だが3CBの対応エリアの規定が出来ていなかった。どこにいる相手には対応するのか、どこのエリアだったら隣の選手に受け渡すのか。この設定が出来ておらず、4バックの時の2CBと同様に”PA幅から出ない”という事だけを最優先に選んでしまう事が常であった。
4バックの時はそれで良くとも、5バックで3人がPA幅に留まってしまうとどうしても、至る所で人員が足らなくなる。

サイド

結果、WBのカバーをCHがやっているというカオスのような撤退が展開され、PA前ガラ空きですが。という場面もちらほら。とにかくバランスが悪かった。これではポジトラのクソもない。

現在の3CBは、ボールサイドのHVはある程度PA幅から飛び出しても良いよ。という設定になっている。

飛び出し

念のため言っておくとそういう設定になっているのではなくてヘイニウドが勝手に飛び出している可能性はある。が、結果的に上手くいっているので狙ってやっている事にしよう。「ヘイニウドのそれいいじゃん」という事で途中から正式に採用された可能性もある。
そしてヘイニウドがPA幅から勇気を持って飛び出しボールにアタックする対応がヒメネス、サヴィッチにも良い影響を与えているのは間違いない。彼らは現システムになってから後ろに比重を置きすぎずにしっかりとボールへプッシュ出来る良い守備対応が明らかに増えた。

1点目1

バルサ戦より悪い例。
レイオフを引き出しに降りていくフェラン・トーレスに好き勝手やられていた状況から、ユナイテッド戦ではサヴィッチ、ヒメネスがロナウドに入る縦パスをアンティチポする対応が出来ていた。このシステム変革のタイミングでちょうどロナウドという、"この選手を目標にボールに飛び込む"と設定しやすい選手と対戦出来たのは良い練習になっていた気もする。ロナウドが相手だったら問答無用で危険だから悩まずに飛び込める。

3CBの可動域は広がった事は、中盤の選手にも好影響がある。まず先程言ったWBのカバーに駆り出されるような対応は減った。

サイド2

少なくとも中央には留まれるようになり、本来のタスクに集中出来るようになった。また、ライン間への警戒心もある程度CBに任せられるようになっている。これまではCBが出て来ないため、ライン間を使われるとCHがボールに吸い寄せられていたが、

ライン間1

ライン間へのボールをCHが気にする。後ろ向きのしんどい対応

ライン間2

CBが前向きに圧力を掛けられている。CHは挟み込みのサポートと、溢れたボールを奪ってポジトラという狙いが持てる。
結果的に相手は縦パスを刺しにくくなり、ボールは外回り、そして大外は5バックでしっかり対応出来ている。ロディとジョレンテを1対1で振り切れそうなアタッカーはラリーガではヴィニシウスとデンベレくらいしか思いつかない。あとは有り得てもオカンポスとジェレミー・ピノくらいだろうか。


●ネガトラ

続いてネガトラの話。こちらもヘイニウドの存在は大きい。
近年の取り組みで、アトレティコは主体的にボールを握り前進していくサッカーへと傾倒している。そのためにはどうにか3+1人で後方待機する人数バランスで攻撃したい。そうなると、どうしても晒されるのは後方3枚の外側。結局はこれもエルモソがやっていたポジションを狙った速い攻撃への対応がネックだった。

ネガトラ

せっかく頑張って戻ってきたCHもPA内の敵選手のマークよりも大外の介護に意識が向き、マイナスのクロスに無防備になる事が多い

ネガトラ2

これが、左のハイサイドへのボールはヘイニウドが止めてくれる、にシフトチェンジ出来た。ファール(しかも退場未遂)になる事も少なくないが、大概は一人でどうにか出来る。あまり攻撃へ色気のある選手でもないのでこの仕事は適任だ。


●ポジトラ

ポジトラは少ない人数でPA侵入を狙う形が使えている。今になって思えば先季リーグ優勝した頃も特に整理されたカウンターが打てていたわけではなかった気もする。特定の取り所を設定して敵陣でのボール奪取から素早くゴールに迫るような攻撃が出来ていた記憶もあまりない。カウンターと聞いて思い出されるのは主に最終節バジャドリード戦のアレである

決勝点

アレ。(ピッチの色微調整しまくってるから、こうやって並ぶと先季の図は全然色が違う)

現システムで敵陣ボール奪取と速攻の効率が一番良かったのはCLユナイテッド戦1stレグであった。

非保持2

相手SBへの限定と、取り所に設定したCHコンビ、エレーラ&コンドグビアのところでのボール奪取を連発。特にコンドグビアはポグバ相手に五分のボールを奪い続けて新境地を開拓した。アンカーポジションにどっしりと留まるよりも前向きのアタックが得意だった。意外と

その他の試合でハマりがそれほど良くなかったのはコケのコンディションも関係ありそう。

右3

ラージョ戦より。ロディが前に出たエリアを使われる。
コケは太腿の怪我の影響か、アジリティと球際のデュエルで劣り、効果的に立ち回れなかった感はある。あとはシンプルにユナイテッドのビルドアップが酷かったというのもあり得る仮説だ。ラリーガ下位クラブの方が整理されていて奪いにくい

奪ってからは今まさに覚醒中のフェリックスにボールを入れる。相棒のコレアorグリーズマン、あとは右を駆け上がるジョレンテ、左のロディorカラスコでシンプルにゴールを目指す。フェリックス周辺で最後の崩しのアイディアを共有出来ると、ここの質は高まりそうだが、突っかかってノッキングする事も多い。ここは改善の余地が大いにあるし、今後さらに楽しみな箇所である。


●ビルドアップ・崩し

ビルドアップについて。まず何度か触れてきた通り、最近のアトレティコのビルドアップはエルモソからの球出しが軸になっていた。そこをスタメンから外す現システムは根本から仕組みの作り直しとなる。自分達の主体的なボール保持から相手を崩すような攻撃パターンは一から練り直しだ。残念だが仕方ない。

ビルド

まずは最終ラインになるCB3枚からの球出し。ここの狙い所を決める事から取り組んでいる。概ね、エレーラにボールを引き取ってもらう事で安定させている。彼からの配球が攻撃のメインだ。中央からの侵入はエレーラ→フェリックスのラインに限定される。選択肢も精度もまだまだ低いので別のソリューションが欲しいところ。

保持1

別のソリューション

地上戦で前進が困難だったらロングボールで。という選択をする。高さのあるヴルサリコ目掛けたロングボールを送り、相手SBと競らせる。ここならシンプルに勝率が高い。そしてジョレンテ、コレアが近い位置でボールに関わり前進。相手の対応次第では一発でジョレンテが背後を取れる、という効率の良い形を準備した。最悪でも敵陣深くに相手を押し込むところまでは出来る。そこから再度プレス開始、という形もそこまでネガティブな物ではなかった。
これ、"ビルドアップ無理だな"となってからGKオブラクまで戻してのんびり蹴るので、その間にヴルサリコは上がりきれるし相手からすると防ぎようがない。左SB不在で苦しんでいたベティスはこれだけでやられてしまった感じになった。再現性がエグい

・グリーズマン
あとはグリーズマンだ。ユナイテッド戦1stレグで復帰し、カディス戦からはスタメンに。とにかくトランジションで無理が効く。前進方法がまだ整備されていないチーム状態で彼の存在は本当に大きい。とりあえずボールを奪ったらグリーズマン。あとは勝手に進んでいってもらう、というシーンが何度もあった。ポストプレーとレイオフも巧み。信頼が厚い(厚すぎる)コケやヒメネスからは"それはキツいんじゃないか"という位置でも当たり前のようにグリーズマン目掛けて全く優しくないボールが出てくる。あらためてトランジションの化け物だ。

・ロディ
左の大外は彼でいいのかい?という懐疑的な目を数字で黙らせているのがレナン・ロディだ。
豊富なスタミナで90分間上下動を繰り返し、球際も頑張れる選手。ただ、ドリブルでの単独突破という選択肢を持てずクロスも上手くない。キック力がなくふにゃふにゃである。球足が遅いのでファーへのボールは相手DFに対応される。低くて速いボール、という選択も出来ない。唯一ピタリとハマるのは”ニアで頭”というボール。普通は味方も反応出来ないが、ロディのボールはスローなので反応出来る。見事に決まったのはユナイテッド戦の1stレグのフェリックスのゴール。このシステムになってからはそのユナイテッド戦以外にも26節セルタ戦で2ゴール。さらにユナイテッド戦2ndレグでもヘディングで決勝点を決めた。

左大外は相手SBと1対1になる場面が多く

画像21

ここ
本来ならばカラスコの質を生かしたい箇所だが、非保持の良いロディが得点にも直接貢献しているのなら何も言う事はない。見事な活躍である。


ポジトラのところでも書いたが、全体として相手PA付近でのプレーはまだまだ改善の余地がある。先季は特別なソリューションがなくてもスアレスがどうにかしてくれていた部分があり、今季もチームで色々準備する前にフェリックスが質で解決してくれた方が話が早いが、ここからどこまで高められるか注目していきたい。


●その他

■違和感のない可変システム
4-4-2だったり5-3-2だったり3-5-2だったり、はたまた3-4-2-1だったりする今のシステム。4-5-1の時も5-4-1の時もある。フォーメーションは電話番号、と言わずにちゃんと理解した時、今のアトレティコはチームの配置に良い意味でこだわりがない。どの配置でも、タスク理解が深い。しかも選手が入れ替わっても形になる。
これは元々根付いた4-4-2への安心感と、先季タイトルを取った3-5-2への自信が共存した結果であると考える。先季の配置の可変はトリッピアとルマル、今季のそれはヘイニウドの性能に依存する部分はあるが、今の方がより欠点が少ない。というか欠点が必死に隠さなければならないほどでかくない。新しいアトレティコの戦い方の基礎部分を組み上げている実感がある。引き続き、ポジティブな進化を期待したい。

最後に、このシステムで戦うに当たって、必要不可欠だった選手が3人いる。その3人について少し書いていく。


■ヘイニウド・マンダヴァが放つ異色の魅力
フランスのリールから冬に加入したモザンビーク代表のDF。おれはアトレティコに移籍してくるまでプレーを見た事も名前を聞いた事もなかったから何も知らない。彼は、何を期待されてアトレティコに狙われたのかも、知らない。勝手なイメージでフランスでプレーするアフリカ人選手という事でスピードのある単独突破が魅力の脳筋上下動マンだと思っていたら全然違った。CBとSBの仕事を同時にハイレベルにこなせるディフェンダーだった。これは、事前にわかっていた事なんだろうか。結果オーライだったのかな?いずれにしても、アトレティコにとって救世主になった。彼の加入でチームは劇的に変化した。この流れを続けていきたい。


■ジョアン・フェリックスの守備は何故良くなったのか
フェリックスはこれまでずっと非保持の振る舞いが良くなった。と思っている。理由を想像する。
彼は、自分自身へのメリットを最大化するプレー選択を好む。誤解しないでいただきたいが何も利己的だと批判しているわけではない。利己的だけど。そもそもおれはそういう選手が嫌いじゃない。
彼のプレー選択はロナウドやメッシのそれに近い。"自分にシュートチャンスを準備する事こそがチームの利益だ"と確信してプレーしているタイプだ。繰り返すがおれは嫌いじゃない。彼の場合はそれが事実である事を証明し始めてもいる。度々あひるの空からの引用になるが"ようはそれを決めればいい"のだ。それが彼の存在意義だ。

現システムで彼の守備が改善している理由は単純明快だ。今はそれが(守備をする事が)自身の利益になるからだ。だから積極的にやっている。簡単。
いや自分の利益にならなくても守備はやれよと言いたい気持ちはわかる。わかるけど、今は改善してるねって話なので、一度、落ち着いてもらって。

CLユナイテッド戦1stレグの守備

フェリックス

アトレティコは前線からパスコースを限定。相手のSBにボールを持たせてCHで食いつく、という形を準備し、これが面白いようにハマった。
攻撃陣でこの恩恵を一番得たのは間違いなくフェリックスだ。味方が中盤でボールを奪う瞬間、まだ整備されていない相手DFを出し抜いて背後へ抜け出せばスルーパスが出てくる。
駄目でも、保持が安定してからエレーラに近づけば、足下でボールを触らせてくれる。その機会は多い方が良いに決まっている。エレーラがボールを持ってくれれば自分がボールに触れる、という実感があったのだ。
これが、このシステムでフェリックスが享受している心地良さだろう。これまでのアトレティコでは感じられなかった、自分のプレーが自分に利益をもたらす感覚、ようは4局面の連続性を感じてプレーしているように見える。それが、彼の守備が良くなった理由だ。相手SBがボールを持った時、アンカーへのパスコースとCBへ戻すコースを消しながら近づけばその先、CHのところでアンティチポしてくれる。自分のすぐ近くでマイボールになるのだ。
自分が守備を頑張れば味方がボールを奪ってくれる。自分の側で。そうすれば、きっと自分にボールが来る。彼にはそれが楽しいのだ。そしてそれこそが、シメオネがこのチームのFWに求めている仕事だと思う。
CL2ndレグでは、隣にグリーズマン。背後にはコケ。特にコケは非保持の際、スローインの際などフェリックスに声をかけ、背中を叩いていたように見えた。何を言っていたかは知らないが、"それでいいんだぞ"と言っていたのかなと感じた。どこか異彩で、型にハマらない選手だったフェリックスが、アトレティコの選手になっていっているところを、我々は目撃しているのではないか。
そして、実際に自分がチームを救うゴールを決められている実感こそが、生き甲斐なのだろう。嬉しそう。楽しそう。それでいい。少し生意気で、汚れ仕事は先輩にやらせるくらいで丁度いい。君はゴールネットを揺らし引鉄を引くんだ。それでいい。

■何故エクトル・エレーラのシステムだったのか
エクトル・エレーラ。メキシコ代表の主力でロンドン五輪の金メダルメンバーだが、クラブシーンでは2013年から所属したポルト、2019年に移籍したアトレティコで特別な実績を持つ選手ではない。
ビルドアップでの長短のパス、守備では対人対応の強度を持つオールドスクールなセントラルMFだ。CLクラスのクラブで、圧倒的な存在感を放つような選手ではなかった。

では何故今更エレーラだったのか、というところに思いが至る。
エクトル・エレーラシステムは、何故エクトル・エレーラのシステムになったのか。という事がずっと引っかかっていた。変な話だが。"シメオネは自分の進退をエレーラに賭けたんだ!かっこいい!"で、いい話だ。それで終わりでいい。美談でいい。でもおれは天邪鬼なので、こう考える。"シメオネが自分の進退をエレーラに賭けるはずがない"だ。

考えてみてほしい。シメオネはエレーラをスタメンとは考えていなかった。2019年の加入からずっとだ。それはシステムにハマらないからとか、それ以前の問題だ。シメオネは、エレーラにその能力はないと見ていた。ほぼ間違いない。それが4-4-2に回帰するから突然"スタメンだ。君中心のシステムを試す"となるか?という話。ならないだろう。デ・パウルの方が序列は上のはずだ。どう考えても。
それが見る目がないとか、そういう意味ではなく。主力と考えていない選手に、このタイミングでチームの未来と、シメオネ自身のこのチームで指揮を続ける未来を、賭けるか?
CL出場権を?11年続いた愛するチームでの、最後になるかもしれない挑戦を?そんなことあり得ないだろう。

ここから先は想像だ。4-4-2への回帰はシメオネの選択だったが、エレーラがスタメンになった理由は、偶然。たまたまだった。そう考える。

まず新システムお披露目となった25節オサスナ戦。

スタメン

スタメンはこう。CHはエレーラとコケが並んだ。
何故か。デ・パウルは出場停止だったからだ。コンドグビアはいたが、ルマルも不在。ヘイニウドを入れた4-4-2は計画していたが、中盤の組み合わせは、おそらくたまたまだったのではないかと思う。CBとCHで2-2ビルドするなら、コンドグビアじゃなくてエレーラを使ってみるか。くらいの決断だったのではなかろうか。そしたらハマった。さらに次のCLユナイテッド戦1stレグ。今度はコケが怪我で欠場となる。

スタメン

エレーラを使うしか、選択肢は残っていなかった。たまたまだ。ついでにカラスコが出場停止。ロディしかいない。左サイドはロディだ。
もちろん、チャンスを得て結果を掴んだのはエレーラの実力だ。そこは間違えちゃいけない。彼の能力で手にしたポジション。このチームの、このシステムを最大化させるタクトを振るうのに、最適なCHはエレーラだった。これは確実だ。
だけどそこにシメオネが寄り道なしでたどり着き、結果としてベティス戦、CLユナイテッド戦を勝ち抜けたのは、たまたま。巡り合わせ。そう思う。結果的には彼のオールラウンドな性能がコケより、デ・パウルより、ルマルより、コンドグビアよりこのシステムにハマった。というお話。

"そんな事ないよ。シメオネはエレーラを信じていた。彼が今の停滞感を払拭するピースだと信じてたんだ"
そういう意見があってもいいし、それが事実であった方が、おれもいい。格好いいしね。その方が。


●最後に

非常に良くない時期を過ごしていたアトレティコであったが、ようやく調子を取り戻し、本来いるべき位置に戻ってきた。一安心だ。このままシーズンを終えればCL圏を確保し、コパデルレイはさっさと負けたけどCLもベスト8まで進んだシーズン、として記憶される。レバンテに負けた事も、バレンシアに3-1から追いつかれた事も、マジョルカにホームで逆転負けした事も、忘れられていくだろう。おれは忘れないけど
そして今季で退団するエクトル・エレーラも、"メキシコ人の魅惑のMFがいた"という記憶だけ残して、忘れられていってしまう。それは悲しい。ここに書き残したぞ。君を中心としたシステムで窮地を脱したアトレティコの戦いが、確かにあった。その活躍で4-4-2と、20-21シーズンの遺産である3-5-2をジョイントしたシステムが作れたという事実を、書き残した。ありがとうエクトル・エレーラ。お別れは、もう少し先に。あとちょっとだけ、一緒に楽しもう。

最後までありがとうございました。では次はアラベス戦で。

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