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怒る人はなぜ怒るかについて

みなさん怒られた経験ってありますか?ありますよね(笑)

医者の世界でもいっぱい怒る先生はいます。

そんなガラパゴスも本当によく怒られていました。


研修医の時は当たり前ですが、6年目、7年目とかになってもまだ怒られます。総合診療医は色んなところで研修するので必然的に怒られる期間が長いです(笑)。

特に男は年々メンタルが弱くなるので、30歳超えてからガチで怒られるとかなり凹みます(泣)


怒られないようにする方法も考えるのも大事ですが、自分が怒られた時になぜ相手が怒るのか理解すると精神衛生上よいので、今回は怒る人の精神構造について解説して行きます!


1. 受けた教育の影響

まず第一にに怒る人自身が受けてきた教育環境の影響が大きいです。


虐待の構造がわかりやすいので、それを例に書いて行きます。

一般的な傾向として、虐待を受けた経験がある人は自分の子供にも虐待をしてしまうことが多いです。

でも普通に考えたら自分が虐待されて嫌だったはずなので、自分の子供には虐待しないように考えますよね?

しかし人間はそこまで器用じゃないです。実際人間は自分が受けたような教育を他の人にしてしまうことが多いです。なぜならそれしか教育の方法を知らないからです。

虐待された人は虐待ありきの教育しかされた経験がないので、虐待がよくないと頭ではわかっていながらも、それしか子供を育てる方法を知らないので虐待をしてしまうという負の連鎖が起こっています。


もし虐待を受けていたとしても、その人が成人して社会的な地位が高くなり、自分の子供以外に誰かを教育する経験が豊富にあり、教育学を学ぶ機会があればそれを自分の子供に転用できるかもしれません。

しかし残念なことに虐待を受けた経験がある人は社会的な地位も低い傾向があります。

やはり虐待家庭は貧困の連鎖を引き起こしやすい傾向があり、なかなか社会的に教育者の立場になれる人は少ないです。


現代では虐待はもちろん体罰も教育としてよくないという考えが浸透しつつあります。

しかし私たち現役子育て世代(30〜40代)はバリバリ親から体罰を受けてきました

ガラパゴスも勉強ができないとよく親から殴られていました。

でも当時はそれが社会的にも普通でした。


自分の子供が生まれてからAmazon primeで昔のクレヨンしんちゃんを観ることがありますが、みさえの体罰は現代ではありえないようなレベルで行われています(笑)

しんちゃんのちょっとしたボケに対してほぼ全てに体罰を与えている状況です。まさに「口より手が早い」ような状態です。

もちろんアニメなので誇張された表現だと思いますが、当時はこの状況に共感する家庭が多かったと推測されます。今観るとびっくりして正直笑えないです。


そんな時代に生まれ育った私たち30〜40代は基本的に体罰ありきの教育を受けてきたので、おそらく体罰がダメという社会的同調圧力がなければ普通に子供に体罰していただろうと思います。

なので最初の怒る人はなぜ怒るかという疑問に戻ると、そういう教育しか受けていないので、自分もそれしかできないというのが一つあると思います。


2. 教育法を学ぶ機会が少ない

もう一つはちゃんとした教育法について学ぶ機会が少ないのも原因としてあります。


家庭の家事分担を例にして説明します。

最近では夫が家事も担うべきという社会的風潮がありますが、実際夫が家事をしても、妻はそのやり方が気に入らず怒ってしまい、ふてくされた夫がやっぱり家事をしなくなるという事象がよくみられます。


まさに我が家でも同じようなことが発生しています(笑)

基本的にガラパゴスもまったく家事をしないが、ダイエットのため料理はするので洗い物はすることが多いです。

しかし始めた当初は食器の洗い方に関しても妻から何度も怒られ、やる気をなくす時期も多かったです。

それでも現在まで料理や洗い物を続けられているのは、なぜ妻が怒ってしまうのか構造的に理解できたことが大きかったです。


妻は社会人生活が短く、今まで体系的な教育法を学んだことがありませんでした。また自分の親や職場からは否定的な教育しか受けていなかったので、夫に対してもつい否定的な言葉を使うことが多かったのです。

現在ではそこから色々あり、妻も教育法を学んでくれフィードバックの手法も適切になり、ガラパゴスもストレスなく家事をすることができるようになりました。


私はこの経験を通して、まさに嫁姑問題がこういった構図になっていることに気がつきました。

これは完全な偏見ですが(笑)いわゆる姑さんになる50〜60代の世代は、それこそ親からめちゃめちゃ厳しい教育を受けてきた反面、女性は家庭内にいることが多く、教育経験も自分の子供にしかないので、そもそも成人教育の機会が少ないことが予測されます。

なのでいきなり他の家庭で育った大人を自分の家の環境フィットさせる、しかも相手のやり方を尊重しつつ叱責もしてはいけないという、かなり難易度の高いミッションをこなさなくてはいけません

しかも家の中に味方は誰もいない状況なので、自己解決能力も高いレベルで求められますが、その教育も受けていない可能性が高いです。

そう考えると、姑特有の「嫌味」は姑にあるキャパシティーを総動員しての結果であり、むしろ努力の結晶な訳です。しかし悲しいことにやっぱり嫁的には嫌味を言う姑は嫌われるので(笑)だいたいギクシャクして終わるのかなと思います。


医者に関してもほとんど同じようなことが言えます。

これも完全に偏見ですが、医者の多くは高校まで部活をガチでやっている人が少ないです。本来であれば高校生が経験すべき部活動や遊び、恋愛にさく労力をすべて勉強に費やしているのです。

一般の方であれば部活動を通して上下関係の大切さや後輩への教育を経験し、社会参加への訓練になっていると思います。

しかし受験勉強は基本的には自分との戦いになるので、そういった経験はほとんどできずに高校を卒業してしまいます。


こうやってそもそも教育経験が少ないくせに、医者はタチが悪いことに医学部に合格したことが大きな成功体験になってしまい「自分のこのやり方が絶対に正しい」と勘違いしてしまい、他者へも自分のやり方を強要してしまう傾向があります

医学部時代に部活を頑張る経験をすると、そこで教育の機会に恵まれることがあるが、それも残念ながら多数派ではありません。


また医師になったあとも教育法を学ぶ機会は少なく、病院や医局によってはいまだに昭和的な「背中を見て覚えろ」風の教育スタイルも多く、やはりそういった環境で育ってしまうと後輩に同様の教育をしてしまい、負の連鎖は続いてしまいます。


実はガラパゴスも全く人の事は言えません。

ガラパゴスの研修病院はいわゆる野戦病院であり、怒られながらも場数をこなして成長していくスタイルでした。

辛かったですが結果的に2年間で非常に自己成長できたと感じました。

しかし3年目になり、別の病院に移動して同じような教育をしようとしましたが、やはりうまくいきませんでした。自分のやり方をやらせようとしても、まったく動じない研修医が出現してきました


ガラパゴスの場合はそこで壁にブチ打ち当たり、成人教育について改めて学び直す必要性が高かったので、そこで教育スタイルをがらっと変えることができました。

なので言ってしまえばガラパゴス自身も数年前までは「怒る医者」だったわけです。自分があんなに怒られて嫌な思いをしたにもかかわらず(笑)


自分は環境の変化や良き指導者に恵まれて方向修正することができましたが、多くの医者はそういった機会がなく、「怒る医者」のまま止まってしまうのではないかと思います。


3. 自己肯定感が低いと怒りやすい

最後の要素としては、怒りやすさは自己肯定感とも関わっているのではないかと考えています。


一見自己肯定感が高い人の方が怒りやすいように感じますが、実際は自己肯定感が低い方が怒りっぽいです。

この辺はSNSの誹謗中傷の問題に似た構造になっていると思います。


少し遠回りな話になりますが、実はガラパゴスはバナナマンの大ファンなんですが、以前設楽が日村に対して話た内容が非常に興味深かったので紹介します。


10年くらい前の話ですが、日村は飲み会で後輩に説教をすることが多かったようです。

でも説教の内容は日村が普段設楽からされている説教の受け売りをしているだけのようでした(笑)


これを見た設楽が日村に対して

「日村さんは昔は全然怒らなかった。それは自分の考えというものがそもそもないから、人を評価することができなかったから。でも俺から色々言われて、日村さんの中に一つ正解ができた。それでその正解をやっていない後輩をみるとイライラしちゃんうんだ。でももっと歳をとるとその正解って一つじゃなくなって、いっぱい引き出しができる。そうするとこれも正解なんだってのが増えていってだんだん怒らなくなってくる。これが人が丸くなるってことじゃないかな」

というような話をしました。


このエピソードを聞いて、まさに怒る人は当時の日村状態なんだなと思いました。

つまり自分に自信がない人は、自分が持っている唯一の正解を絶対に信じているので、それ以外の解答を全部否定しまう傾向があります。

そうやって自分のことを守っているわけです。


でも自己肯定感が高いと、自分の正解に自信を持ちつつ、他人の正解を受け入れられる余裕があるので怒ることは少ないです。


まさに医者の正解でも同じような状況が起きています。

実際に働くとわかりますが、医学では絶対的な唯一の正解というのはほとんどなく、臨床で問題になるのはほとんどが唯一の正解がない中でベターを探る行為になります

しかし怒る先生は自分の中のベターこそ最善であり、他の意見を聞く度量がないので、他の選択をする医者を見ると怒ってしまうわけです。


こうやって考えると逆に怒る人が可哀想になってきませんか?

ガラパゴスはこうやって怒る人の心理を構造的に理解することで、実際に自分が怒られた時に「可哀想な人だなー」と冷静に受け止められるので、一歩引いて意見を聞くことができるようになりました。

もちろん意見を聞かない訳ではないですが、正直そうやってすぐ感情的になる人の意見って冷静に聞いても微妙なことが多いので(笑)それが呪縛みたいにならないようにしていますね。


みなさんの周りでも怒る人っていますか?

どんな風に対処してますかね?

コメントお待ちしてます!


ではまた

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