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妄想で広げる可能性の次元(『‌直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』レビュー)

 僕の勤める世田谷学園には二つのモットーがある。

「明日をみつめて、今をひたすらに」= from Vision to Reality =
「違いを認め合って、思いやりの心を」= from Respect for Each to Respect for All =

 このうちの一つ「明日をみつめて、今をひたすらに」は、上記の通り「from Vision to Reality」と表現されているのだが、何しろこのVisionというやつが難しい。

 例えば、多くの人が経験する「自分の学力を見極めて受験校を選ぶ」というのは、言うなれば「from Reality to Vision」に過ぎない。あるいは、「学園祭で来場者数1万人を目指す」というのも同じ。「Reality(=現実)」を見極めた上で、実現可能な範囲に収まる目標として「Vision」を決定する。
 あるいは、「今できることから始めてみよう。結果が変わるのは、行動が変わった後だよ」なんてアドバイスは、僕自身もよく口にする。「お祭りの時にのぼり旗がたくさん立っているから、学園祭でも同じことをやりたい」というのも、根本的には同じだ。これは単なる「from Reality to Reality」で、ここから「Vision」が生まれたりはしない。

 「from Reality to Vision」も「from Reality to Reality」も、人が前進していく、ポジティブに努力を継続していく上で、とても大切なことだ。しかし、世田谷学園の掲げるモットーは、そのレベルに留まることを許さない。
 それなら、どうやって「Vision」を構築すればいいのだろう。

 僕は、運営委員の立場で長く学園祭に関わってきた。

「1万人なんてケチなこと言わず、10万人集めようよ」
「アイドルグループを作って、売り出しちゃえばいいんだよ」
「すごい学園祭を目指すんじゃなくて、テーマパークとかアウトレットモールを目指そうよ」

 こんな話をするたびに、生徒からは「そんなことできるわけないじゃないですか」「何言ってるんですか。頭大丈夫ですか」と言われてきた(言われなくても、そういう目で見られてきた)。
 結局のところ、僕は「Vision」の例を示しこそすれ、その描き方も意味も伝えられていなかったということだ。

 『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』は、いわゆるビジネス書に分類されているが、大きな「Vision」を構築し、その「Vision」自体を原動力にして前進する(=Driven)ことの重要性を訴えるという点において、世田谷学園が理想とする生徒の姿に重なる部分が大きい。
 例えば、先述のような「実現可能性を度外視した妄想(ビジョン)」「ムーンショット(Moonshot)」とも呼ばれるらしい(ケネディ大統領が1961年に「今後10年以内に、人間を月に着陸させる」と演説したことを受けてのネーミングだそうだ)が、このような発想法には、二つの効用があるという。

「10%のカイゼンよりも、10倍にすることを考えろ」

 これは、筆者がレイ・カーツワイルらの創設した「シンギュラリティ大学」のエグゼクティブ・プログラムを受講した時に、最初に伝えられたことらしい。どういうことだろうか。

「いまよりも10%の成長を続けるのは『努力』が必要である。(中略)生産性を10%高めたり、シェアを10%増やしたりといった『がんばり』が求められるのは確かだ。
 他方、10倍の成長は、その種の努力では到達不可能だとわかっているので、根本的に別のやり方を考えるしかない。途方もなく大きな目標があると(中略)『努力』の呪縛から自分を解放することができる。また、自分だけで達成するのではなく、世の中に存在するあらゆる資源を活用しようという発想になる。」

 つまり、「10倍」がもたらしてくれるのは、「Reality=現実=今のやりかた」から解放されて自由になった、新たな〈工夫〉の可能性ということになる。

 また、もう一つの効用の説明としては、ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長兼所長である北野宏明氏の言葉を引用している。

「(ムーンショット型アプローチの)本当の目標は、定めた目標に行きつく過程で、様々な技術が生まれ、その技術が世の中に還元され、そして世の中が変わることなのです。これがMoonshot型のアプローチにある、もう1つの大きな効果です。」

 これはテクノロジーに特化した説明になっているが、もちろん他の領域でもその効果は変わらない。
 例えば、学園祭で1万人集めようとして行う「カイゼン」の「努力」は、実現されなければ、さらなる「カイゼン」の「努力」に取って代わられるだけだが、10万人を集めようとして行われる様々な〈工夫〉は、新しい〈技術〉として次の世代の可能性を広げることにつながる。

 このように、大きな「Vision」を構築し、具体的な〈工夫〉へと接続させるにはどうすればいいのか。この点についても、本書は様々なアプローチを紹介してくれている。いくつか列挙してみよう。

‌紙×手書きの効用・何もしない時間のスケジューリング・「逆さまスケッチ」・「カラーハント」・「可動式メモ術」・「セルフ無茶ぶり」・「英雄の旅」フレーム……

 一つひとつは決して目新しいものではないが、そこに「Vision」という発想が入り込むことで、新しい価値が与えられているところがミソだ。

 そうは言っても、「to Realityの部分をないがしろにできるわけじゃないだろう」という向きには、本書の序章と第1章が参考になる。ここでは、
 ①PDCAによる効率化を目指す「カイゼン思考」
 ②データと論理で勝利を目指す「戦略思考」
 ③創造的問題解決を目指す「デザイン思考」
といった三つの思考様式の概要が説明されており、それぞれがどのように本書のテーマである
 ④妄想を駆動力にした創造を目指す「ビジョン思考」
と繋がるのかが、分かりやすいイラストを使って説明されている。
 日常的には、①「カイゼン思考」②「戦略思考」が有効な場面は多く存在する。それらが通用しない状況が増加する現状、③「デザイン思考」の重要性が叫ばれているのも確かだ(本書でも、「デザイン思考」については詳しく説明されている)。
 しかし、何をモチベーション=駆動力にして動く(=Driven)のか、という点では、「Vision」に勝るものはない。

 これをビジネスの領域で実行するのは、本書でも指摘されている通り、それなりの困難を伴う。しかし、ここだけの話、学生はそれらの困難とは無縁の存在なのである。なんとうらやましい!
 であればこそ、やはり本書はこれから新しい形で社会に関わっていく学生にこそ読んでほしい。「Reality」に制限されない、「Vision Driven」な生き方を、共に目指しましょう!

鵜川 龍史(うかわ りゅうじ・国語科)

Photo by Krissana Porto on Unsplash

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