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桜並木暗渠道への誘い ~暗渠のハレの日~

なんだかいつもより人通りが多いな、と感じていた。

そうだった。桜の季節は、暗渠道にとっても特別なのだった。


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「谷戸川編」の連載の途中だが、今回は読み切りの番外編である。


暗渠の緑道沿いには、とにかく、桜の木が多い。
そのことに気づかされるのは、この季節になってからなのだが。
(だから迂闊にも、以前に書いた烏山川編では桜について一切の言及が無かった)

日本では、緑道沿いには桜が植えてあることが多い気がするし、
また川沿いに桜が植えてあるのも定番だ。
だから、その両方を満たす「暗渠の緑道」で桜をよく見かけるのは必然なのだろう。

実際、烏山川緑道を辿って歩くと、至る所で桜の木と出会う。
以後しばらく、私の解説や蘊蓄を挟みつつ、烏山川の「暗渠桜」をご覧いただきたい。

「川沿いの桜並木」のルーツは、一説には、江戸時代中期に八代将軍徳川吉宗が、隅田川などの堤に作らせた桜並木だという。
地中に根を多く張る特徴を持つ桜を植えて、さらに花見客によって踏み固めてもらうことで、堤を強固にし、洪水対策としたようだ。
(……という話を、つい先日、NHKの某5歳児に叱られる番組で知った)

さすがに、それ以降のすべての桜並木が同じ洪水対策という理由で作られたわけではないだろうが……
とにかく、花見という文化が次第に定番となり、そして川沿いには桜がよく植えられるようになった。

確証はないが、この暗渠沿いの桜たちも、烏山川が暗渠になる前、ちゃんと水面を持つ川だったころに植えられたものが大半なのではと思われる。


これまで、暗渠について語りながら、とにもかくにも「裏側」であると、何度も書いてきた。
しかし、桜で彩られたの暗渠の姿は、あまり裏側らしさを感じさせない。
むしろ、この時ばかりは「表側」であるように思われる。
暗渠が主役に躍り出る、数少ないシーズンだ。

「暗渠道のベストシーズン」という言葉も頭をよぎったが、ベストかどうかは議論が分かれそうだ。
われわれ暗渠愛好家の好む暗渠の姿とは、少し違うようにも思う。

でも、今はそんな難しいことは考えずに、この時期だけの景観を楽しみながら歩けばよい、と思った。

暗渠散策はどうしても、視線を下に落として歩くことが多くなる。
こんな時でも、いつもの癖で、やはり路面にも目が行く。

かつての水面は、散り落ちた桜の花びらで埋め尽くされようとしている。

この光景から「水面を流れる花びらを想像しよう」というのは、少々強引である気もする。

しかし、風に吹かれて、路面の上を花びらが舞う姿を目にしたときだ。
ここには確かに「流れ」がある、と感じることができるだろう。


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この先は、「桜 × 暗渠サイン」という、
共感できる人が非常に少なそうなアングルの写真展である。


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ところで、連載本編ではまだ紹介していない川なのだが、
烏山川と同様、かつて世田谷区の北部を東西に流れ、そして今は完全に暗渠化された「北沢川」もまた、暗渠緑道としてきれいに整備されている。

この「北沢川緑道」の桜の写真を載せてしまうと、今まで載せてきた烏山川の桜が、かすんでしまうかもしれない。

ほら、わかります? ちょっとレベルが違って……(笑)

世田谷区内のお花見スポットとして、そこそこ有名であるように思う。
実際、花見客を多く見かけた。

特に、環状七号線より東側、代田1・2丁目から代沢を抜けて三宿・池尻に至る区間では、開渠だった当時を思わせる「せせらぎ」が整備されていて、実際に水の流れる区間となっている。(この水は、本来の北沢川とは関係なく、落合水再生センターから通水されている処理水である。烏山川にあるせせらぎと同様だ)
そしてその両岸に桜が植わっていて、桜のトンネルが続いている。
ここの桜はやはり、暗渠になる前から、もともと川の両岸にあった桜なのだそうだ。

ここまで来ると、もはや「暗渠の桜」という言葉は当てはまらないような光景だ。
目黒川や玉川上水のような、いわゆる川沿いのお花見スポットに近い。
もちろん、これはこれで、たいへん良い。
烏山川緑道の桜とは、好対照だと思う。

かくして北沢川緑道では、桜の花びらは水面に落ちて、下流へと流れて行った。


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花見客でにぎわう北沢川緑道を見てから戻ってくると、烏山川緑道の桜は控えめにも思えてくる。
でも個人的には、普段は目立たない存在で、こういう時期だけちょっと頑張っているような、そんな烏山川緑道は、なんだか愛おしく感じてしまう。

(紹介していないだけで、北沢川緑道だって、もっと上流に行くと、非常に暗くディープな雰囲気をまとう区間もあるのだが……それはいずれまた)


そして、もちろん、桜がない区間の緑道は普段と変わらず、さほど人通りもない、ひっそりとした空気に包まれている。本来の暗渠道の持つ空気である。

桜の季節の暗渠緑道は、「表と裏」が、「ハレとケ」が混在するような、独特な雰囲気だ。
それはこの時期だけの、特別なものである。
桜の季節も残り少なくなってからの更新で恐縮だが、チャンスがあれば出かけてみてはいかがだろうか。



柏原 康宏(かしわばら やすひろ・理科)


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