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出口のない恋愛の巨大迷路(森見登美彦『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』レビュー)

 いつ出られるともしれない、出口の見えない長いトンネル。男子校の悶々とした妄想生活の中で、皆はどのように恋愛の練習をするのだろうか。ネットの世界を渡り歩き出会いを探す、ペラペラで物言わぬ二次元の少女に、または握手できるアイドルを仮想の恋愛対象としてリハビリを繰り返すうちに、永久恋愛リハビリ機関と化してはいまいか。いやいや、そんなことはないと周りを見渡せばそこには男漢男。絶望する自分にいつも微笑み返すタブレットやスマホの待ち受け画面。その反復が織りなす永久運動に心地よささえ感じてしまう自分にふと我に返る。

 私も同じような時期を過ごしたなと懐かしく思う。私が大学生の頃に生活していたのは京都の北白川、上終町。銀閣寺を北に上ったあたりの静かな町であった。叡山電鉄の出町柳や鴨川の三角州、先斗町、三条木屋町などは、甘酸っぱい思い出が多すぎて……。春になると、鴨川の三角州で花見と称して行われる様々な大学の新入生歓迎会もその一つである。しばしば日程が被って、ばしばしえらい騒ぎになる。どこからどこまでが自分たちのグループなのかもわからなくなり、終いには違う大学の人たちと仲良くなったりというのも珍しくはなかった。鴨川三角州の後は、三条木屋町や先斗町に繰り出すのが常だったが。夜も深まり街頭に灯がともり始める頃の鴨川には等間隔に並んだカップルが、川向こうのカップルと睨み合い。独男達はその間に割って入る勇気すらなく、川の中をザブザブ進むのだった。ちなみに、等間隔に並んだ経験もある側から言わせていただくと、あれは隣との会話が相殺されて聞こえにくい距離が保たれていて、意外と落ち着くものであった。

 今回選んだ森見登美彦作『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』も、主人公達はこの京都の街の中で恋愛の巨大迷路をぐるぐる巡る。自分の意思とは裏腹に次々訪れる難題。望まぬ方向へとグイグイ引っ張られ、流れに身を任せているうちに、あれよあれよと流れ着いた先でまた違う問題に出会う。物語はコミカルにリズミカルにサラサラ流れる白川のせせらぎのように、悩みも、失敗もより前向きな妄想へと昇華させ、明るく明日を見つめる主人公たち。悶々と悩むにも、こういった前向きで清々しいまでの快活さがあっても良いのではないか。

 そんな主人公たちが過ごす、京都の出町柳の三角州にはとにかく魔力があるのだ。先の大戦はといえば、京都では「応仁の乱」と笑い話のようによく言われるが、それほど歴史の詰まった京都ならではの奥ゆかしさを、一気に体感できる物語でもある。京都大学を目指す諸君にはぜひ一読してもらい、賀茂川と高野川が出会う出町柳の三角州で恋愛という青春の片割れを取り戻してもらいたい。

 そう言えば、百万遍の京大正門前にある学生食堂「ハイライト」のジャンボチキンカツ定食(赤だし・ご飯付き)770円はオススメです。

河内 啓成(かわち けいせい・美術科)

Photo by Andrés Lyu on Unsplash

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