京大の卒業式について【終末京大生日記46】

 京大や京都のニッチな話をすると面白がってくれる人がいるみたいなので、今回も少しニッチな話をしよう。

 私は京都大学で、主に情報学、つまりプログラミングやアルゴリズムを学んでいたのだが、この分野は入学時の学生の知識量の差が非常に激しい。医学部に入学する前の高校生で解剖を行ったことがあるものは皆無だろう。また、建築学科に入学する前に図面を引いたことのある高校生もほとんどいない。大学の内容というのは教えるのに設備が必要である場合が多くそれらは高校では実施できない。

 しかしながら異、情報学科に関しては入学前からプログラムが書けて、アルゴリズムも知っていて、大学数学にも詳しい学生がしばしばいるのである。

 私が大学に入学した際、初めの4月くらいにレクリエーション合宿なるものがあった。そこで私は1人の同級生と知り合った。彼は入学時から若干グループができている関西の名門校出身ではなく、私と同じで地方出身だった。そんな共通点もあり私は彼によく話しかけた。ありがちな高校時代の話や受験の話を通じ、彼が将棋をしていたこと、模擬試験ではB判定くらいをよくとっていたことを知った。そして、重要なことに彼は大学生になる前からプログラミングの経験があるらしかった。

 情報学科のカリキュラムは、情報を知らない素人からすると非常に厳しい。私のような地方育ちで親がプログラマーでもないものは、そもそも、どうやったらパソコンでプログラムの機能が使えるようになるのかもわからない。そんな状態にも関わらず、プログラムは使えるものとの仮定のもと、python, Java, C, Ocamlなど、さまざまなプログラミング言語をほとんど教えることなく実験や授業が進むのである。つまり、プログラミング経験者の助けを借りることは未経験の大学1年生にとって必要不可欠なのである。

 彼は少し変な男で、夏も冬も常にビーチサンダルを履いていた。そして、彼は熊野寮に住んでおり、上着のパーカーに食べ物をこぼしたまま、2日続けて私の前に現れたこともあった。しかし、そんなことは大して問題ではなく私は彼と仲良くすれば情報素人の私でもなんとか単位が取れるのではないかと期待した。

 入学から2ヶ月もすれば、彼は私の期待を大きく上回る知識を持っていることが分かった。彼は大学に入学した時から、大人も参加するプログラミングサイトで、上位2%のレートを保持しており、大学の講義も聞く前から全て分かっているようだった。

 私は講義で分からないことがあるたびに隣に座っている彼に解説を求めた。彼はよく喋る男で次第に、私が尋ねる前に「あの問題の答えはO(logn)ですよ」などと教えてくれるようになった。授業中に喋りすぎて、複素関数論の時間に、受講生が100人以上いる大教室で講師の方に怒られたのはよく覚えている。しかしながら、彼は複素関数の講義も受ける前から知っていたようだ。

 私はある時、なぜ大学の講義の内容を大学に来る前から知っていたのか、そしてなぜプログラムの技術が異様に高いのかを彼に尋ねた。すると彼は「親が高専で先生をしている」と答えた。

 そんな彼ともコロナでしばらく会えず、私たちはコロナ禍を抜け出すこともなく卒業式を迎えた。全学の卒業式とは別に、学科別の卒業式というものがあり、そこでは同じカリキュラムで授業を受けたなかで、最も成績が良かったもの、つまり"主席"が発表される。

 私は誰が主席なのだろうと少しワクワクしながら大教室の教壇を見た。やはり洛南や北野などの名門校の出身者だろうか、それとも入試や模擬試験で成績が良かったものたちだろうか。

 二つのカリキュラムそれぞれに主席が発表された。はじめに呼ばれたのは名前だけ知っている特に仲が良くない同級生。そして、二番目に呼ばれたのはなんと、彼だった。流石に卒業式ではビーチサンダルを履いておらず、スーツと革靴姿だったが、いつも通り特に誇る様子もなく前に出て、プリントを受け取るように賞状を受けとった。

 彼が成績が良かったことは知っていたが、特に一番を意識している様子もなかったため、私は驚いた。そして、驚くと同時にやはり納得感があった。我々がテスト前に必死になって頭に入れている内容は彼はもともと知っていたし、いくら名門出の勉強ができるものが詰め込んでも、やはり限られた時間ではもともと知っているものには敵わない。

 そんな彼は、私に勉強と現実を教えてくれた存在として今でもよく覚えている。私は東京に来た春、彼と上野で「オッペンハイマー」を見に行ったがあの時とそんなに変わっていなかった。

 これを読んだことのない人にとっては大して興味のない話かもしれないが、私にとって非常に記憶に残っている出来事のため、ちょっと文章として書いておきたかった。


今回もご愛読ありがとうございます!
面白いと思ったらぜひフォロー・いいねよろしくお願いします!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?