事業の勝敗の鍵は「文化に根ざした専門性」にある

 日頃お世話になっている、ある経営者の先輩から「たまには自分が仕事をしている世界とは異なる業界のことも勉強してみるのもいい」とお声をかけていただいて読んだ本、所浩史(著)『とことん、「一点だけ」で突き抜ける』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年)。
 本書の著者は、かつて《パステルなめらかプリン》という大ヒット商品を開発した洋菓子の職人にして経営者。
 最初に就職した洋菓子の製造・販売を手がけるヨックモックの地下の調理上での修業時代。パステル(外食作業の大手、チタカ・インターナショナル・フーズが展開)での超人気商品「なめらかプリン」(最大時は年間約2700万個、年商約80億円)の開発。50歳を前にして独立、地元・岐阜でのお菓子屋さん「プルシック」の創業へ──。
 職人としての、経営者としての、そして人としての経験が率直に語られた本書には、どのページにも箴言が記されている。

「長く愛される商品の共通項を一つ挙げるとすれば、これに尽きます。シンプルであること」
「世の中の常識をつくっていくのは勝者だ。だからこそ、正しい人物が勝っていかないといけない」(吉野屋ホールディングスの社長・会長を歴任した安部修仁氏の言葉)etc.

 何度も読み返したくなるこうした言葉に溢れているが、特に強い印象を受けたのは「文化」と「専門性」について語られた次の一節。

「客足が遠のきがちな2月の売上増をねらって「恵方巻き」にちなんだロールケーキを出す洋菓子店があるけれども、果たして恵方巻きの「文化」を本当に理解してやっているのだろうか。違うジャンルに手を出して中途半端なものを作るくらいなら、お店の看板商品を磨く努力をするほうが、よほど生産的ではないか」
「洋菓子店以外でスイーツを買う人が増えている。洋菓子業界は、スーパーやコンビニにお客さまを取られてしまっている。洋菓子業界は何をしていたかというと、その専門性を磨くことを怠っていたのではないか。専門性を磨くことは、お客さまにとってわかりやすいアピールになり、かつ、信頼を高める」

 文化を深く考えず、専門性をおろそかにすることの罠を、本書の著者は洋菓子に限らず、いろんな業界が抱えているだろうピンチの真因だと教えてくれているように感じた。
 著者が50歳を前にして独立して創業した店の名前は「プルシック」。シンプルに、ベーシックを極める、ということ。
 本書には、いろんな困難を抱えた子供たちが集まる、山間のとある小学校に毎年クリスマスケーキを届けている話や、かつての部下との長年の確執と和解など、涙腺を刺激されるエピソードもさまざまに綴られている。
  「ものづくり」で本当に大切なことが詰まった一冊に触れた思い──。

所浩史『とことん、「一点だけ」で突き抜ける』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年

(文責:いつ(まで)も哲学している K さん)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?