「作品タイトル」考〜奥深すぎる名付けの歴史〜
すべてのモノには名前があります。私にも、あなたにも。
名前があるからその存在が認識できるとも言えますし、名前がなければ呼ぶこともできません。
と、たまには、こんな哲学的な書き出しも悪くないですね。
さて、美術作品にも作品名(タイトル)がありますよね。
ゴッホの《ひまわり》しかり、ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》しかり。
美術館に展覧会を観に行けば、飾られた作品の横には、作者の名前とともに作品名を記したキャプションが設置されていることでしょう。
逆に、作品名の表示がどこにもなく、ただ作品だけが飾られていたとしたら、居心地が悪いような、手がかりが無くて途方に暮れるような、そんな不安な気持ちになるのではないでしょうか。
そう、私たちは無意識に作品にはタイトルを求めてしまうのです。
かくのごとく、あって当たり前の作品名。
しかし、それは本当に当たり前でしょうか?
このようなふとした疑問から思考をめぐらせてみたのですが、どうやらこのテーマ、ものすごく深くて一筋縄ではいかないようです(それこそ本腰入れたら本が一冊書けるぐらい面白そう)。
それでは行ってみましょう!
意外とぐらつく作品名
まずは、「作品には必ず唯一無二のタイトルがつけられている」という固定観念を崩すところから始めましょうか。
作品には必ず固有のタイトルがつけられている、と思っている人は多いです。
でも、人が思うほど作品名というのは絶対的なものではありません。
美術館で作品の横にある解説を読んだ時に、「発表当時の作品名」とか「展覧会に出品された時のタイトル」とか言って、現在と少し違う作品名が注記されているのを見たことがありませんか。
実は作品名って、時代によってぐらついたり、変わったりするのです。
作品そのものは不変なのに不思議な感じもしますよね。
たとえば世界で一番有名な絵画《モナ・リザ》。
誰もが《モナ・リザ》と呼んでいますが、これだって作者のレオナルド・ダ・ヴィンチが「この絵は《モナ・リザ》と命名する!」と高らかに宣言したわけではありません。
《モナ・リザ》という名称は、レオナルドの没後にヴァザーリという人が著した本の記述が元になっています。
この記述がなければ、絵のタイトルは、単純にモデルの名前で《リザ・デル・ジョコンド》、または《リザ・デル・ジョコンドの肖像》になっていたでしょう。
ちょっと想像してみてください。
もし、この絵のタイトルが《モナ・リザ》ではなく、《リザ・デル・ジョコンドの肖像》だったとしたら。
はたして、この絵はここまで世界的なアイコンになっていたでしょうか?
私たちはこの女性のほほえみに、計り知れない深みを感じ、その真意を読み解こうとしたでしょうか。
私は《モナ・リザ》という短くミステリアスな名前が付いたからこそ、この絵は人々をよりひきつけたと考えています。
そう考えると、作品の名付けというのは奥深いですよね。
ただの呼称ではなく、作品の価値や評価を左右するのですから。
ベラスケスの傑作《ラス・メニーナス》も、当初の名称は《ラ・ファミリア》、その後《フェリペ4世の家族》とされた時期もあり、そしてプラド美術館に収蔵された時から現在の作品名《ラス・メニーナス》(訳・女官たち)になったといいます。
このような例は、いくらでもあります。むしろ長い歴史の中で作品名が不変のものの方が珍しいでしょう。
名付けの歴史
作品名が時代とともにぐらつく理由。
それはもともとヨーロッパでは、絵画や彫刻といった造形作品に名前をつける習慣がなかったからです。
では、今のように作品に作品名があるのがスタンダードになったのはいつからかと言えば、