牽制

今日の仕事も疲れた。いや今日は特に疲れた。

野球部の指導を終えてひと段落したあと、通常ならそのままの流れで18:00には退勤するところであるが、今日は特別。

明日は保護者会があるのだ。

ここ1週間、遅刻頻発している生徒の指導やら、先週の中間試験でカンニングをした生徒の指導やら、先生に暴言を吐いて謹慎となっている生徒の指導やらで、気づいたら保護者会準備ができておらず、前日になって明日の準備をしていたのである。

仕事が終わったのは時計の短針が「10」をピッタリしめすほんの数秒前。

いつもよりも3時間以上残業していたわけである。


 「あぁ、疲れた。。」

自宅まであと10メートル手前の信号で止まりながらふと小声をもらす。

「何かこの疲れを癒す方法ないかなぁ。。帰って、スーツ脱いで、風呂に直行して、、、」

頭の中で家に帰ってからのリラックス手段を必死に探す。

「あっ。」

ふと、頭の中で昨日の仕事帰りにスーパーで期間限定販売していた「牛乳プリン」を買って家の冷蔵庫に入れていたのを思い出す。僕は「新発売」とか「期間限定」とかに目がなく、それに加え僕は「好きな食べ物は?」と聞かれれば即答で「プリン」と答えるぐらい、プリンを愛してやまない人種なのだ。

「あのプリンが家にある!!」

そう思った瞬間、いつも僕を妨害する赤信号は一瞬にして青に変わった。

さっきまでの重たーい足取りから一転、秒速10mのスピードでマイホームに駆け込んだ。

「おかえりー」

妻の声がいつもよりもワントーン高い。自分の心が満たされていると妻の声のトーンも明るくなるものだろう。

「遅くまでご苦労様。ご飯あるけど食べる?それとももうお風呂入って寝る?」

ちょっと気を遣った感じで妻が僕に聞く。

「いや、昨日買ってきたプリンを食べるよ。それを食べて寝る」

妻の作ったご飯を食べないのは申し訳ないなとは心のどこかでは思いつつ、満面の笑みで僕は答えた。

「ごめんなさい。」

「えっ?」

「実は、、、」

妻の表情が申し訳なさそうなひきつった若干の笑みをつくりながら、頭を1.5センチほど下げてちょっとした上目遣いで言った、

「プディ子が食べちゃった。。」

「えーーーーー」

先ほど一旦捨てたはずの重い重い荷物が、さらに重みを増して僕の肩から背中にかけて一気にのしかかってきた。


あぁ、娘が食べたなら仕方ないか。。妻には昨晩「これ食べるのめっちゃ楽しみなんだぁ。。あっ、食べないでよ!」とか冗談まじりのちょっとした本気で「牽制」していたけど、娘にはしてなかったからなぁ。。


「牽制」

ピッチャーがランナーを塁上に釘付けさせて、先の塁に進ませないために行う行為。ランナーに「盗塁」されないために行う行為。

ピッチャーが無警戒ならランナーは悠々と次の塁を盗む。それはどんなに足が遅いランナーでも。

でもちょっとでも「牽制」していれば足の遅いランナーは絶対に先の塁を盗もうとはしてこないし、足の速いランナーでもそう易々と塁を盗もうとはしてこない。


娘はいい子だ。人のものを勝手に盗もうとか食べようとかするような子じゃない。


僕が娘に「盗プリン」をする環境を与えてしまったんだ。そりゃあ誰だってあのプリンを見たら食べたくなるよ。塁上にいるランナーがなんとしてもホームにかえりたいと思うのと同じようにね。


今回は僕が娘を「牽制」しなかったがための僕のミスだ。


あぁ明日は保護者会か。

子どもたちが自由奔放にルールを破る行動をしないように、明日は保護者にしっかりと「牽制」を入れておこう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?