見出し画像

「魔王だけど大好きなお姫様を守るために見習い兵士やらせていただく」第42話(#創作大賞2024/#ファンタジー小説部門)

第42話 悲しい欲情

 俺の服にしがみついて立っているレイナックを支えようと、肩に腕を回す。
 その瞬間、レイナックの体がビクッと痙攣し、甘い喘ぎ声が口から洩れた。

 カゼマルの色欲魔法が、まだ解けていないのか。
 彼女がうつむかせていた顔を上げ、再び俺に熱い視線を送ってくる。

 俺はうかつにも、ドキリとしてしまった。
 こんな大人びたレイナックの表情、見たことがない。

 胸がドキドキして抱きしめてしまいたくなるが、そう思ってしまう自分が許せなくなる。
 今は魔法で操られているも同然の状態なのだ。
 そんな彼女を抱きしめるのは、抵抗できないのをいいことに自分の欲望のはけ口にする、卑怯な行為だと思った。

「私、あなたにもう一度会いたかった。会いたかったんですよ、本当に。初めての友達だし……初めて恋した人だった」
「おまえは人間だ。魔族の男など忘れろ」
「なら、なぜあなたは私を守ってくれるんですか? 私はもう、あなたしか見えていないのです。忘れろなんて、言わないでください」

 レイナックらしくない熱のこもった積極的な態度に、俺は困惑していた。

「熱い。体が熱いんです! もう我慢できないんです! ギュって! お願いします! 私のこと、ギュってして!」

 顔が近い。
 彼女の荒い息で、頭がボーっとしてくる。

 俺はたまらず、両腕を彼女の腰に回して抱きしめようとした。
 しかし寸前でためらった。
 両腕を宙に浮かせたまま、彼女の体に触れることすらできなかった。

「あなたと結ばれるなら、私はすべてを捨てて……あなたについていきます」

 ついに限界と言わんばかりに、レイナックのほうから両腕を俺の首に回して抱きついてきた。
 そして、そのままキスをしてきた。

 これが普段のレイナックなら、流れに任せて彼女を抱きしめていただろう。
 しかし彼女の行動も言葉も、色欲魔法の影響を受けているからにすぎない。

 後先考えず、ただただ肉体的な欲望を満たしたい願望に、心が支配されているのだ。
 キスをしながら、細い体を何度も痙攣させている。

 俺はレイナックを引き離すと、彼女の頬に自分の手をそっと添えた。
 肉体の欲望が満たせずに我慢できないといった表情が、とても苦しそうに見えた。

夢の織手ドリームウィーバー

 レベルの高い者には効果が期待できないが、力の弱い者なら眠らせることができる魔法だ。
 床に崩れ落ちそうになるレイナックの体を支え、台の上にそっと寝かせた。

解毒エーテルパージ

 解毒の魔法を試してみるも、彼女の体はビクッビクッと敏感に反応を繰り返している。
 効果なしだ。

「お楽しみだったかよ……」

 不意に、耳障りな男の声が後ろから聞こえてきた。

「さっきのは効いたぜ。まだあんな力が残っていたとはなあ」

 振り返ると、カゼマルが愛用の斧を担いで立っていた。
 左頬に痣があり、口から深緑色の血が垂れている。
 まったく記憶にないが、やはり拳でぶん殴っていたらしい。

「この女にかけた術を解け」

 俺がそう言うと、やつはペッと血を床に吐いてから、鼻で笑った。

「女をろくに満足させられねぇクソ童貞ヤロウのくせに、粋がってんじゃねぇよ。それとも放置プレイでも楽しんでんのか?」
「術を解け……」
「見てみろよ、その女。早くぶち込んでほしそうに、よがってんじゃねえか。くっくっく」
「術を解けってんだ!」

 たまらず叫んだ。
 カゼマルが肩をすくめて、わざとらしい大きなため息をつく。

「満足するまでイカせてやるか、俺を倒して魔力を断つか。方法はこの二つだ。まあ、俺を倒すのは無理だから、頑張ってハッスルするのがベストだぜ。百回ぐらいイカせりゃ、満足すんだろ。もっとも、そんなことしたら頭が壊れちまうがな」

 胸糞悪いセリフの後、馬鹿笑いがあたりに響き渡る。
 もういい、我慢の限界だ。

「もはやこれまでだ……きさまはもう生かしておけん」

 俺はゆっくりと歩み寄り、互いの間合いまで近づいた。
 そして睨み合う。

 しばらくの沈黙の後、カゼマルが動いた。
 瞬間、俺はヤツの顔面を殴りつけた。


←前の話へ  次の話へ→


『第1話:プロローグ』https://note.com/gakira_note/n/n71af2c4f65e5
【第一章 人間の姫を守りたい見習い兵士の魔王様】
『第2話』https://note.com/gakira_note/n/nd19f582c62cb
『第3話』https://note.com/gakira_note/n/n379d45c671b9
『第4話』https://note.com/gakira_note/n/ne5f92378302b
【第二章 魔王様が願うは姫の幸せのみ】
『第5話』https://note.com/gakira_note/n/nf03d8e14137e
『第6話』https://note.com/gakira_note/n/ne9f2364900c8
『第7話』https://note.com/gakira_note/n/nb39275ba0bba
『第8話』https://note.com/gakira_note/n/nd58d972672c8
『第9話』https://note.com/gakira_note/n/n12bea975be18
『第10話』https://note.com/gakira_note/n/n9d1cd1f069ff
『第11話』https://note.com/gakira_note/n/n4c5cc5645a9d
『第12話』https://note.com/gakira_note/n/n9be5c2cf3219
『第13話』https://note.com/gakira_note/n/n639c535c0758
『第14話』https://note.com/gakira_note/n/n6b2d0a4c27dd
『第15話』https://note.com/gakira_note/n/n88a98a19a2a6
『第16話』https://note.com/gakira_note/n/n7ca4c2a1698d
『第17話』https://note.com/gakira_note/n/ne6f7e4c90a76
『第18話』https://note.com/gakira_note/n/na01643de128d
『第19話』https://note.com/gakira_note/n/nca4ddc0dc6f2
『第20話』https://note.com/gakira_note/n/n0256a773ad72
『第21話』https://note.com/gakira_note/n/n7b93da8e0049
『第22話』https://note.com/gakira_note/n/n20cd340894e5
『第23話』https://note.com/gakira_note/n/n75d24149a911
『第24話』https://note.com/gakira_note/n/nc7847ca9ba58
【第三章 魔王の壮大なる野望】
『第25話』https://note.com/gakira_note/n/n28baf5b3286e
『第26話』https://note.com/gakira_note/n/n88d6cb858f71
『第27話』https://note.com/gakira_note/n/n246a2605ccbb
『第28話』https://note.com/gakira_note/n/n7cb55dcaa3d0
『第29話』https://note.com/gakira_note/n/na283616076fc
『第30話』https://note.com/gakira_note/n/nc2903accc598
『第31話』https://note.com/gakira_note/n/n9ba77ca59ddd
『第32話』https://note.com/gakira_note/n/n69678c2db8aa
『第33話』https://note.com/gakira_note/n/n0f1cb38577ee
『第34話』https://note.com/gakira_note/n/na62a832c125b
『第35話』https://note.com/gakira_note/n/nb5947240010e
『第36話』https://note.com/gakira_note/n/n81d94db5b327
『第37話』https://note.com/gakira_note/n/n1466958c2aec
『第38話』https://note.com/gakira_note/n/na90cc57db9cd
『第39話』https://note.com/gakira_note/n/ndf95e6872d75
『第40話』https://note.com/gakira_note/n/n72c3acb4891d
『第41話』https://note.com/gakira_note/n/na0b4a2eabb25
『第42話』https://note.com/gakira_note/n/ndef263e40da5
『第43話』https://note.com/gakira_note/n/n110b6c0b4b91
『第44話』https://note.com/gakira_note/n/n9da0c98e3b1e
『第45話』https://note.com/gakira_note/n/n9cd5685fc1ad
『第46話』https://note.com/gakira_note/n/n6dad08805153
『エピローグ』https://note.com/gakira_note/n/n2b1194319595

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?