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【物語】いつものこと【短編】〜大学生の恋愛譚

「瑞香〜〜ちゃんと食ってる?」
烏龍茶のコップから顔を上げると浩太さんがジョッキを持って笑顔でこっちを見ていた。
心臓がドクン、と大きな音を立てる。
この変化を悟られないように、笑顔で大きく頷く。浩太さんは「よし」ともう一度笑って頷いた。

「そこ、座っていい?」
「もちろんです」

私は座敷の隣に置いてあったリュックを壁際に押し付けて場所を作った。
浩太さんはセンキュ、と軽く言うと私の隣で胡座をかいた。いつものこと。飲み会ではいつものこと。

「瑞香〜〜〜今度飯食いに行こうよ」
「またですか?」

私はネギマを串からから引き抜いて浩太さんに残りを差し出した。いつものこと。これも。あれも。

「いいじゃんか〜先輩は就活で疲れまくってるのだよ」

先輩の『飯』に深い意味はない。サークルに入った当初は、ゲームが決まったときのハイタッチ、浩太さんのいう「そういうとこ可愛いね」「今度飯行こうよ」にいちいちときめいたものだけど、今ではただのいつものこと。

「いいですよ、今度はカレーが食べたいな」
「また奢らせる気かよ」
「いいじゃないですか、後輩も浩太さんの世話で大忙しなんですよ」
「おお面倒見いい後輩を持つと助かるよ」
「じゃあおごってくださいね」
「それとこれとは話が別だなあ」
「じゃ、行かなーい」
「わかったよ」
「やったあ」
浩太さんが笑って私を軽く小突く。
このくだりもいつものこと。浩太さんと話すのなんて、いつものこと。じゃれ合うなんて、いつものこと。

でも私は知ってる、いつものことは、永遠には続かない。
いつものことなんて、すぐに崩れる。
だから言えなかった。好きなんて言ったら、こんなもの、すぐに崩れる。
だけど、言わなかった意気地なしの私は、あと1ヶ月で、永遠に失うのだ。

「もう夏か〜あと1ヶ月で引退かあ〜」

私の心の中を覗いたように浩太さんはそう言って、割り箸を置いた。

「ねっ、俺いなくなると寂しい?」

おどけて聞かれる。

寂しいです、寂しいにきまってるじゃないですか。

おどけて返そうとした。

「さみし・・・」

続かなかった。続けられなかった。いつのまにか涙が目に溜まっていて、続けたいのに、続けられなかったのだ。
浩太さんが気付く前になんとかしなきゃ。そう思っても、涙は決壊寸前だった。

「さ・・・」

もう一度言おうとして、涙が頰を伝うのを感じた。

その時、見慣れたブルーのパーカーが私を覆った。

驚いて正面を見ると、自分のパーカーを被せた浩太さんが、じっと私を見ていた。

崩したくない、崩したくない・・・私の頭は真っ白だった。

瞬間、腕を浩太さんの方へ引っ張られ、私の顔が浩太さんの胸に押し当てられる。


背中に浩太さんの腕がまわされているのを感じる。


いつものことが、壊れた。

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