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さつま王子 第3話その2


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 鉄鋼(有)の田をさつま芋畑に平定し、首尾良く仕事をしたはずのさつま王子は、その晩、夢にうなされていた。さつま王子は、この仕事をはじめてのち、毎晩のように悪夢を見ているが、とりわけ、その日は酷くうなされてしまっていた。鉄鋼(有)という一人の才に手をかけたかもしれない可能性。鉄鋼(有)という優秀な人材をもしかしたら、この国は失ってしまうかもしれない可能性。自分の行動によって、色々あり得た「かもしれない」可能性によって、さつま王子の肩には、いまや尋常でない重圧が大きくのしかかり、その身を苦しめていたのだ。

 こうした重圧を未だ12歳の子供が引き受けねばならないのだから、その苦痛は想像を絶する。否。もしかしたら、子供だからこそ、事がわからず、子供故の無邪気さで突破してきた面もあったのであろう。しかし、王子は、実際には、そこまで無邪気でもなく、いつもうなされてしまう真面目な性格を有していたので心労・疲労は想像を絶するまでに蓄積されていた。自分がもっと無邪気であったなら、自分がもっともっと無邪気でいられたら。さつま王子のその本来あるべきであった子供故の無邪気な生を送れない事に対する苛立ちもまた、王子の心に急速に影を落とす一因となっていた。また、それが王子がバカを演じる理由にも拍車をかけていたのかもしれない。

 そこに、自分と同い年の無邪気な少年、銀次郎が現れた事で、王子は、更に自分の立場の不条理を認識してしまったのである。それ故、王子のうめきは、今宵、殊更にひどいものとなっていたのだろう。正に悪夢。悪夢の連鎖である・・・

 ずどーーーーん!

 夢の中で見ていた、さつま芋爆発の轟音と共に王子は目を覚ました。まだ眠り浅く、まだ一時間と寝ていない程の眠りであったが、王子はその悪夢の余りの衝撃に眠りを諦め、佐吉の目を盗み、窓からぽーんと飛び降り、気を紛らわすため、散歩に出かけるのであった。

 いつもであれば、佐吉はそうした行動に気づき、そこに人知れず、ついてくるのが常である。しかし、この日は、昼間の葛藤のせいもあったのであろうか、佐吉は、この日に限り、深い眠りについており、王子の監視という役目を一時忘れてしまっていた。それ故、今宵のさつま王子は、一人、夜の道を歩く開放感を得て外へ繰り出せた。無論、数々の人間から恨みをかいまくる王子であったから、一人で夜道を歩くなど、本来、怖くてとても出来るものでは無い。しかし、その抱える不安を置いといてなお、今宵のさつま王子は、日常から離れたい気分が強く、家臣の従わない荒涼とした風景は、普段味わえない格別のものとして王子の目に魅力的に映ったのである。そんな折である。遠くから聞こえてくる一つの歌声に、さつま王子が気づいたのは。それは、か細く幼い女の子の歌声であった。そう。この時、さつま王子の耳に入ってきたのは、銀次郎の聞いていた歌声と同一の正にそれである。


◇◇◇


 銀次郎が遠くに見たのは、歌声の主である女の子とさつま王子の姿であった。女の子の名前は、響鬼(ひびき)どれみ。響鬼虎之助とお千代の娘にして、銀次郎を兄のように慕うカワイイ幼なじみである。そのどれみが、あの王子と一緒にあるのだから、銀次郎は心底驚いた。そして、同時に、心底、動揺し、勢いに任せ、二人の下に駆け寄った。

「やいやいやい!いも王子!お前、こんなとこで何やってんだよ!どれみ、たぶらかして虎さんの田んぼまでぶっつぶす気か!くそが!!」

 「は?どれみ?」

 と思いつつ、王子は、そこに来た意外な顔に目を丸くしていた。いぶし銀次郎。その、自分に悪夢を与えた無邪気な同い年が、あたかも、横にいる女の子の知り合いであるかのように話すのだから、王子もまた、急な展開に驚きを隠せずにいたのだ。

 「あ、お兄ちゃん。」

 と、実際、知り合いであったどれみは、その兄と慕う銀次郎の顔を見て、側にすぐさま駆け寄っては、その着物の袖の下を引っ張りつつ、お兄ちゃんお兄ちゃんと子猫のように甘えた素振りでぴょんぴょんと飛び跳ね、銀次郎に懐くのであった。そのほほえましい姿に、にわかに嫉妬するさつま王子。

 嫉妬。

 ここにおいて、さつま王子は、身の内にあるいたたまれない思いをはっきりと自覚し、胸は想いにあふれ、今までの人生をはっきりと否定する鐘の音のように、とてつもなく大きな声でやおらわんわん泣き出すのだ。

 えーんえーんえーんえーん(泣)


 銀次郎とどれみ。二人は、その姿を見て、唖然(あぜん)とする。と同時に、どれみは、そのやさしさで子供らしく素直に王子に声をかける。


 「お兄ちゃん、どうしたの?」


 えーんえーんえーんえーん(泣)


 内からあふれ出る感情が余りにも激しく、それに応えられない王子。王子の感情は同じ子供たちの眼差し故か、他人に涙を見せるのも今宵ばかりは良しとし、思わぬ感情にとめどなく揺さぶられ続け、止めようともしていなかった。

 しかし、銀次郎は、たった今、目の前にいる男によって身を追われた身である。その最中、こうして、ひとしきり王子の泣く姿を見て、銀次郎は突如として目の前の男に腹が立ってくるのであった。なんだ、こいつは?なんなんだよ?父ちゃんの田んぼをつぶした奴だよな?ありえねえ。絶対ありえねえ。父ちゃんがなんでこんな奴にやられるなんて絶対ありえねえ。ぶっとばす!!!

 というわけで、銀次郎は目の前にいる、さつま王子のその頬をめがけて、助走をつけたその勢いから右の腕を思い切り振りかぶって、当然、こぶしはグーにして、ためらい無く何の手加減もなく力いっぱい最大の力でぶん殴ったのだった。


 ぶぴょんっ!!


 と、素っ頓狂な声を挙げて、さつま王子は、その衝撃で吹っ飛んだ。と同時に、ふいに世界がこわくなった。世界は何が起こるかわからない。いたいいたいいたい。こわいこわいこわいこわい。ヤだ。やだやだ。人生、もうヤだ。もうヤなんだ。なんでボクだけ、なんでボクがこんな目に・・・

 いままで散々、他人を蹂躙し、あれだけ有能で野心に燃えていた王子の心は、今や、ふいに子供故の弱さに身をやつし、全身に制御が効かなくなり、自身が崩壊していくかの如く、急速にその心の持ちようを<強>から<弱>へと変えていた。涙と痛みを一瞬にして身に引き入れた王子は、その衝撃によって、自分の今までしてきた事に「命」が関わる事をおぼろげに理解しはじめ、吹っ飛ばされて倒れたままの姿でばたばたと手足を動かす。


 「大丈夫?」


 と、そんな中、側でのたうちまわる王子を見ていられないどれみは、王子にやさしい言葉を一声かけるのであったが、即座にその行為を銀次郎は否定する。


 「どれみ、そんな奴に同情すんなよ!そいつは虎さんの田んぼを潰そうとしている奴だぞ」

 「え?」
 
 「!!」


 これは王子にとって決定打であった。王子の身には、かつてなく反省自省の念が渦巻き、王子は、急速にその自身のアイデンティティ、依って立つ心持ちを失いつつあった。自分は何なんだ?自分は何であろうか?自分は何様のつもりで今まで生きて来たのか?

 銀次郎の言っていた「虎さん」とは、響鬼虎之助の事であろう。つまり、この目の前の娘は虎之助の娘で、その虎之助の娘になぐさめられる自分は、そのなぐさめられた娘の土地をつぶす力を持つ人間である。この縮図。何であろうか?良いのだろうか?いや良くはない。良くなければ、変えなければならない。そうか!変えよう!!じゃあ変えよう!!!変えちゃえばいいじゃん!!!

 と、ここに至って、王子の体に持ち前のポジティヴィティ、逆境をたのしめる力が吹き出し、一瞬、失った自分の依って立つ位置をすぐに捨て去るべき過去として位置づけ、王子は次進むべき道、つまり、心持ちを変えたのであった。

 こうして、この時。さつま王子は、その改革の方向性に対して急速に舵を切る。ここからが、さつま王子伝説の真のはじまりであるとも言って良いし。これは正しい道筋であったとも言えるだろう。

 さつま王子といぶし銀次郎。二人の出会いは、必然であり、やがて、それは大きなうねりとなって、世界を変えていく事になる。さつま王子の変化した心持ち。それは・・・

 「銀次郎君と言ったね。おいしい芋をあげよう。話はそれからじゃん。」

 と言って、さつま王子は懐から光り輝く芋を取り出し、銀次郎の方に差し向けた。それを見て、銀次郎は心底驚いた。いや、芋が光ってるだけの話ではない。王子のその言葉。その言葉が何を意味するのか?つい先ほどまで王子憎しと、実際、思いっきりぶん殴った身とすれば、殴られた王子の口から何でそんな言葉が出て来るのか、ちっとも皆目検討がつかなかったのだ。コイツは何だ?コイツは何者だ?単なるバカか?

 その傍ら、どれみは喜んでいたが、銀次郎は、ものすごく怪しんだ。どうせまた、この芋は爆発するに違いないと。しかし、実際には、この芋は爆発はしない。何故なら、これは芋ではなく、金の塊だから。王子は、銀次郎に金の塊を渡して、その反応を見てたのしもうと考えたのである。この時、変わった王子の心持ちの変化。それは「人を殴ってはいけない」と先ず第一に考えるようになったという事である。

 この時から、さつま王子は、その政治手法を武力による脅しから、わいろによる懐柔へと舵を切っていく事になる。歴史の影に暗躍し、諸外国と対等に渡り合う最強の交渉人のルーツが、いま正にここにはじまったのだ。翌朝、さつま王子は、響鬼虎之介と「対話」する。強権を振りかざし、頭ごなしに平定するのではなく、誰も思いつかないような全くメチャクチャな方法により穏便に田んぼをさつま芋畑に変えようとせんとして・・・。


つづく!


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