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さつま王子 第4話その1



 どんどんどんがらがっしゃん!どんがらがっしゃんどん!

 どんどんどんがらがっしゃん!どんがらがっしゃんどん!


 村を、というより、響鬼虎之介の田んぼの周りを太鼓持ちが歩いてる。その先頭にいるのは、さつま王子。この時、王子もまた自分で太鼓を叩きながら、大声でどんがらがっしゃん音頭を唄い、田んぼの周りを回っていた。時は夕刻。かれこれ6時間から、一行の音は鳴り響いている。しかも酷い演奏である。どう考えても、素人のそれだ。

 朝から続くその騒音に田んぼで作業する虎之介とお千代は頭を悩まされていた。しかも、音だけでなく、その一行は脇に腰びくを抱え、その中に金とさつま芋をしこたま詰め込んでおり、虎之介が一行の方を向くたびに、その腰びくから金か、さつま芋を虎之介めがけて投げ入れるのである。そこで一言。

 「とーらのすけくん!あそびましょ!」

 しょーもねえ。

 虎之介は頭を抱えて、どうにもならない。一体なんなんだ?あいつらは?バカじゃないの?ていうか、バカ!ありえない!仕事する気が失せるわ!しかし、アイツらが帰ったあとに、金は残らず拾う事にしよう。さつま芋はいらないけどな!などと虎之介が思う側から、王子の思うつぼである。

 要は、王子は、単純に虎之介に仕事をする気を失くそうとしているのだ。あんた、仕事しなくても食えますよ。ウチが金をあげますよ。さつま芋もこっちで植えますよ。そこで稲作してるのって何が得なんですか?ラクして、この先、生きていきましょうよ。なんていう甘い罠。早い話、虎之介が田んぼをほっぽり出せば、その隙に実動部隊が一気にさつま芋を植えてしまおうという魂胆である。立ち退けっていう話だ。

 そんな事は、一時的な事で、長期的に見れば、自分が稲作を続けるのがベストだと固く信じる虎之介だが、それでも金が投げ込まれる事に至っては心が動かない事もなく、どうしても、一行の方をちらちら見ては、金の在処(ありか)を確認してしまうから、自分で自分が嫌になる。そこが王子の狙いだろう。それは分かっている。しかし、現物(げんぶつ)はつよい。心が揺れる。

 この時、虎之介の娘どれみはどうしていたかというと、銀次郎と一緒に佐吉に確保され、王子の止まっている宿に幽閉されていた。昨晩は、あのあと、遅ればせながら、佐吉が王子を追って来て、事の仔細はともかくも、取り急ぎ、銀次郎を確保し、王子にその身柄の判断を委ね、王子曰く、穏便に宿に連れて行けという事だったので、すなわち、軟禁だなとそのように判断して、宿に銀次郎をぶちこんだのであった。この時、どれみも同様に、虎之介に対するカードとして、のちに使えると判断され、一緒に身柄を拘束した。

 王子は、そのやり方こそソフト路線に目覚めたが、反面、その成果自体には手段を選ばなくなっていきつつある。しかし、これは実際には、王子が虎之介との直接の対戦の邪魔をされないように、どれみのその身柄を虎之介から引き離したかったという所が本当の話であろう。修羅場を子供に見せるのは、ちと気の毒だと言う王子の配慮がそこにはある。まあ、王子も子供なので、そのやり方は拙いが、まだまだ交渉するには、圧倒的な経験不足で、そこで、どんがらがっしゃん!とやっているのだ。

 王子は、何故にどんがらがっしゃんどんがらがっしゃん!とちんどん屋を気取るのかといえば、これは単純にたのしいからそうしてるのである。つまり、あまりそこに戦略はなく、そもそも、そういう方法で交渉した事がないので、やり方が非常に場当たり的なのだ。そこで、たのしい事って何かな?太鼓じゃん!どっかーん!みたいな感じを思いついた。

 そういうやり方に、王子はピースフルな風を感じて、大層、上機嫌な時を送っていた。単にあまり寝てないのでハイテンションなせいかもしれないが、まあ、そんな気分で事を為せるのが王侯貴族の特権だっ!!

 しかし、脇でいたたまれないのは、虎之介であったろう。しかも、虎之介ばかりでもなく、お千代ばかりでもなく、近くの納屋でじっと身を潜めているいぶし鉄鋼(有)も、その音のみならず、納屋の隙間からちらちらと見えるその王子の姿に大層、腹を立てていた。いたたまれない。マジいたたまれない。つい昨日、アイツに自分が追われたかと思うとマジいたたまれない。マジかよ。ありえねえ。アイツに斬られそうになった事をもはや肯定しづらい。流石の懐の深さを誇る鉄鋼(有)もどうやらこのちんどんばかりは、マトモに受け流す事が出来ず、その精神への負担がピークに達してきたようだ。元より、鉄鋼(有)は、本来なら、昨日から銀次郎の姿が無くなった事に気づいた瞬間、すぐにでも銀次郎を探しに納屋から出たい所である。しかし、そのほぼ同時刻、王子率いるちんどん屋一行が来て、納屋から出るに出られずに、既に6時間も経ってしまい、尚のこと、イライラが一層募っていたのである。

 しかも、冷静に見ると、その一行には佐吉がいなかった。佐吉がいないとなれば、奴は何をしているのか?切れ者の鉄鋼(有)はそこにこそ悪寒を感じていた。

 その事と銀次郎を結びつけるに、鉄鋼(有)の優秀な頭なら造作も無い事であったが、流石にそれは思い過ごしとも思い、鉄鋼(有)の頭の中で、その考えが二転三転、逡巡(しゅんじゅん)していた。そうだともそうでないとも言い切れぬその考えは鉄鋼(有)の頭を6時間あまりの間、反復し続け、その事の苦行はだんだんと鉄鋼(有)の神経を蝕(むしば)み、その限界は近づく。

 しかし、もっと冷静になれぬのは、当然、母の鈴(すず)の方である。鈴は、もはや我慢の限界といった素振りで息子を捜しに外に出ようとするのを、鉄鋼(有)に、二度、止められ、二度、殴られ、二度、気を失ったが、その後、目覚めた三度目の今回は、鉄鋼(有)の手をするりとすり抜け、納屋から一目散に出て、銀次郎を探しに行くのであった。ついで、仕方なく、鉄鋼(有)も納屋を飛び出す。それはきっかけとして、鉄鋼(有)が望んだが故の帰結でもあっただろう。

 このように事態というものは、いついつか動き始めるものであり、それを王子は待っていたのである。待つ事のストレスは大変なものであろうが、ちんどんちんどんやってる王子は、そんなこと6時間やった所で、一向にたのしいらしい。今まで羽目を外しているように見えて、計算づくだった王子のこと、このような計算なき単なる子供じみた嫌がらせこそ、子供の本分として、何時間でもたのしめる心持ちだったのであろう。

 こうして、そのような心境で何が何だか分からない行為をして、何が何だか分からない結果がもたらされる事のフィードバックをこの日から王子はその身に溜めこんで行く。これが最終的には、王に対する王子の最大のカードになり、この経験こそが日本の財産になるから面白い。やたらめったらムチャクチャやってるようで、王子はその経験を自覚的に何をすれば何が起こるかに見定めて、きちんと法則化していくのであった。

 そして、この時、物語のもう一人の主人公、いぶし銀次郎もまた新たな対決に望もうとしていた。そう。あの親父の宿敵、佐吉と面していたのである。

 銀次郎とどれみは、佐吉に連れられて、納戸や押し入れとでもいうべきような暗く狭い部屋に閉じ込められていた。流石に、子供の身には、この狭さと暗さに耐えられるものではなく、連れられた側から、どれみは、ぴーぴー泣きだす。

 そのどれみの鳴き声を延々と聞かされる銀次郎は溜まったものではなく、「泣くな!どれみ」と何度も大声を出すが、しかし、それが逆にどれみの感情を加速させ、鳴き声は一層大きくなり、次第に銀次郎も自分が我慢するよりないと頭を痛めていた。銀次郎は自分も泣きたい気持ちはやまやまだったが、それをしたら、事はますます酷くなるので、ただただ黙ってじっとその場にでんと座し、事が動くのを待つのみであった。人間、諦めも肝心である。

 その様を見張り用の穴から、ちらちらと見ていた佐吉は、この小僧、なかなかの胆力だなと感心していた。と同時に、子供の年少者というのは年長者に成長を促すものだな。などと、齢30を超えて、子供のいない佐吉は考える。

 無論、これぞ鉄鋼(有)の息子の有り様なのであろうという面もあったろう。胆力のない子供なら、幼い子の鳴き声もいざしらず、2人でぴーぴーうるさくさえずっていたに違いない。故に、これはやはり鉄鋼(有)の子であるが故の胆力だと佐吉は解していた。そこで佐吉はまたしても鉄鋼(有)の株を上げるものであったのだ。

 しかし、銀次郎は、佐吉の思う程、出来た息子ではない。やんちゃ坊主で無鉄砲。考え無しであんぽんたん。これが銀次郎の良い所だ。良い所なのだ。銀次郎は純粋に純粋なバカであって、ここでは、流石に何も出来まいとでんと座ってはみたものの、その足むずむずして、今にも爆発しそうな勢いであった。事実、銀次郎は爆発する。どっかーーーん!大爆発!のち、銀次郎の形相、変貌し、鬼のように身体がむくみだす。ま、マジですか。何ですか?銀次郎の肌は見る見る赤くなり、筋肉はむきむきと突き出し、両の奥の歯が長く鋭く尖り出し、やがて、その手を突き出して、壁を軽々と破壊した。

 な、なんだ?これは!と驚く佐吉。さつま芋が爆発したのは、さつま芋のせいだけではなかったのか。この男、銀次郎は何かを内に持っている。そして、その目から、びーーーって、なんだ?なんだ、これ?


 うわああああああああああああ!!!!!


つづく!


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