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クリスマシアン vs ハロウィニスト 【短編現代ファンタジーコメディノベル】

以前書いた『クリスマシアンの逆襲』の続編です。よろしければ、こちらもどうぞ。

https://note.com/gackey_clipper/n/n11f62b42fbd2

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 秋風に乗って金木犀の香りが漂い始めた10月初め、港近くのジャズバー『clipper』に、とある男女が訪れた。

「マスター、お久しぶりです。」

「おお、元クリポリスのタクマくんと、レイコちゃん、お久しぶり!」

 二人はこの店でマスターの紹介により出会い、今ではヴィンテージのクリスマスグッズ蒐集家として、SNSにおいて世界的に有名なカップルになっている。また熱心な若造党(若者の未来を造る党)の活動家でもあった。

 相変わらずの立派なお腹をさすりながらも、翳りのある表情の二人を見て、マスターは尋ねた。

「今日はどうしたのかな?話を聞くよ。」

「はい、実は…」

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 説明しよう。

 孤独な若者たち、クリボッチャーを中心として圧倒的な支持を得て躍進した若造党。連立政権に入り、当初は若者への慈愛に満ちた施策により世間の支持を集めていたが、次第に内部の宗派対立が顕在化してくるようになり、分裂の危機を迎えていた。

 元々はその成り立ちから、穏健中道右派のクリスマシアングループが党の大勢を占めていたが、実際は少数ではあるがイースターを信奉するグループや、退潮著しいが守旧派の正月派など、諸派で構成されていた。中でも最近急激に台頭してきたのが、先鋭左派であるハロウィニストグループである。

 特に10月31日の夜は、聖地の渋谷交差点を中心に大々的な集会を開催し、世界中から過激な若者を集め煽動していた。これには世間も眉をひそめ、区長からも中止の嘆願が出されるほどになっていた。

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「特に副党首がクリスマシアングループからハロウィニストグループへ派閥替えして以来、党内は大混乱してるんです。」

「なるほどなあ。噂には聞いていたけど、そんな事になっていたとは…」

 深く考え込むマスターを横目に、店内を見まわしたタクマが尋ねた。

「ところでマスター、ずいぶん店内にハロウィンの装飾が飾ってありますが…。もしかして宗旨替えされました?」

 その目は笑っていなかった。慌てて頭を振るマスター。

「い、いや!そんなことはないよ…ただ、ほら、世間の雰囲気がさ…あはは汗 そんなことより、ここはひとつ、あの人に相談してみてはどうだろう。」

「あの人?」

 おもむろにタブレットを取り上げ、特殊なパスワードを打ち込むと、画面にはサンタクロースが現れた。

「こんにちは、サンタクロース極東支部長。年末の準備でお忙しいところ、申し訳ありません。」

「いやいや、こちらは大丈夫じゃが…、どうかしたのかね?」

 訝しがる支部長にタクマが状況を説明すると、支部長は大きく頷きながら話し始めた。

「うーむ、なるほど。いや実は精霊界でもその事は話題になっておってな、特に日本の状況は憂慮されておるんじゃ。なんといっても日本の仮装は本来の趣旨から外れて、悪霊たちもまったく怖がってはおらん。ましてや女の子なんぞ、えらく可愛らしくなってるもんで、かえって悪霊たちも寄っていってしまっとるんじゃ。」

「そうなんですか!もしかして、あの渋谷の乱痴気騒ぎも、みんな悪霊たちに取り憑かれてる⁈」

 タクマが驚いて大声で叫ぶ。

「落ち着いて。」

 レイコがなだめるようにタクマの背中をさする。

「それどころか、そちらの副党首にも、取り憑いているという話じゃ。」

「なんですって!」

 マスターが真剣な表情でタクマに向き直った。

「タクマくん、これは一大事だ!このまま放置すれば、いつかは党が、そして日本が、悪霊たちに乗っ取られてしまうかもしれん!」

「ええ、でもどうすれば…」

 支部長が落ち着いた声で答える。

「大丈夫じゃ。こんな事もあろうかと、必要な装備は準備してある。すぐにそちらに送ろう。ただし実行するのは君たちじゃ。勇気を持って、行動してほしい。」

 支部長から具体的な方策を授けられた二人は、

「わかりました!さっそく党首に相談して、クリスマシアングループの精鋭を集めます!」

 言うが早いか、店を飛び出していった。

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 10月31日当日。渋谷の街は、再三の警告と厳重な警備にも関わらず、相変わらずの人出による混乱が始まっていた。仮装した人々と路上飲みをする者たちが交錯し、喧騒に包まれている。

 そんな中、どこからともなくサンタの衣装を着た一団が現れた。周囲の嘲笑の声も意に介せず、先頭に立つ者が叫ぶ。

「処理班、配置に着け!悪霊バスターズ、ファーストミッションを開始する!」

 リーダーのタクマの声だった。バスターズメンバーは特殊ゴーグルを装着し、肉眼では見えない悪霊たちの姿を捉える。そして若者たちの頭上に取り憑いている悪霊に向けて、バズーカのような吸引装置を作動させた。悲鳴をあげながら、次々と吸い込まれていく悪霊たち。その後には、放心状態の若者が呆然と座り込んでいる。

「救護班、清掃班、セカンドミッション開始!」

 救護担当の者たちが、酩酊状態になっている人たちを介護し、清掃班は散乱しているゴミを手早く集め、トナカイが引く荷車に放り込んでいく。ほどなくして、党本部に乗り込んでいた別働隊から、副総裁に取り憑いていた悪霊を確保したとの連絡が入る。タクマが全員に告げる。

「ミッション、コンプリート!総員撤収!」

 バスターズが去った後は、みな我に返ったように家路へ向かっていた。終電に乗り遅れまいと駆け出すものもいる。渋谷の街は次第に静寂を取り戻していた。

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 この行動が報じられた後、低落傾向だった若造党の支持率はV字回復を果たした。党首と副党首の和解も実現し、今後も平和なイベントとして対立する事なく共存していくビジョンが表明された。

 ジャズバー『clipper』では、タクマとレイコがカウンターに座りその日のライブが始まるのを待っている。マスターがカクテルを二人の元に置き語りかけた。

「今回はお疲れ様。大活躍だったね。これは奢りだよ。」

「ありがとうございます。それにしても…」

 店内を見渡しながらタクマが呟く。

「やっと戻ったみたいですね、クリスマスの飾り付け。」

「ああ、やっと本来の店の姿に戻ったよ。もちろんハロウィンも楽しい時期なんだけどね。ただ…」

 申し訳なさそうな顔でマスターは言った。

「年末から一月半ばまでは正月派に宗旨替えだ。すまんな、こっちも客商売なんでな。」

 その時、何かを言おうとしたタクマの声を掻き消すように、ハウスバンドJerry Fishの演奏が始まった…

[了]

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創作サークル『シナリオ・ラボ』10月の参加作品です。お題は『ハロウィン』。


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