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透明教室 【短編近未来ファンタジーノベル】

 「ああ、大きな雲…」

 休み時間、僕は机に片肘をついて、教室の窓からぼんやり空を眺めている。大きな雲たちが強い風に乗って形を変えずに移動しているのを見ていると、雲が動いているんだか、地球の方が動いているんだか、わからなくなる時がある。少しわくわくする。

 僕は足立ヒロキ。クラスの中でも影が薄く、これといった友だちもいない。そう、例えて言えば、昔のドラマで見た登場人物みたいに、地味で、暗くて、向上心も、協調性も、存在感も、個性も、華もない、パッとしないヤツだ。いや、昔からそうだったっていうわけじゃない。ほんの些細なきっかけから、いつのまにか少しづつ一人の世界に逃げ込むようになっていた。もはやクラスのみんなからは、僕は見えてないんじゃないかな…

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 新学期が始まった。お決まりのように転校生がやってきた。有馬メグミ。人懐こくて、何やらやたら明るい娘だ。すでにクラスに馴染んでる。コミュ力は相当高そうだ。だが当然僕には話しかけてこない。やはり僕は彼女からも見えていないのか。透明で誰にも見えない僕。自分の体が透けていく感覚に包まれる。手のひらを黒板にかざすと、透かしてそこに書かれている文字が見えるくらいだ。

 そんな転校生の彼女も、今の段階ではこのクラスは仮住まいだ。一週間ほどの適性チェック期間を経て新しいクラスが決まる。でも僕はなんとなくわかってた。僕が弾かれるな。まあ弾かれても未練はないが。

 案の定、放課後、担任に呼ばれたので職員室に行く。先生からは、僕の姿はあんまり見えていないようだけど。

「足立、そこにいるのか?まあいい、お前は明日からT組だ。」

 T組かあ。噂には聞いていたけど、まさか自分が行くことになるとはなあ。仕方がない、DyCO-AIが決めた事だから…

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 20XX年、この国ではいじめ等を未然に防ぎ、各生徒毎の最適な学習環境の維持や、不足している教師の効率的配置を目的とした、いわゆる動的クラス編成(Dynamic Class Organization 略称DyCO)が導入されている。生徒の性格・行動・学力をAIが総合的に逐次分析診断し、個々の適性に合ったクラス編成が行われるようになっていた。これは随時行われ、生徒個々の成長や変化によって、都度再編入される。今ではこのようなAIによるマッチングシステムは、会社内やその他社会の幅広い分野で活用され、人間関係や職種不適合からくる各種ストレスや非効率性の排除に貢献し始めている。

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 翌日新しい教室に入ると、誰もいない。いや、誰もいないんじゃない。確かに人の気配はする。目を凝らしてみると、みんな静かに自分の席に座っている。休み時間だからか、本を読んだり、ヘッドホンで音楽を聴いたり、絵を描いたり。思い思いに自分の好きな事をしている。黒板スクリーンを見ると、大きな文字が映し出されていた。

 [ ようこそ、この "透明クラス" へ ]

 姿はよく見えないが、どうやら歓迎されているようだ。

 誰も干渉してこないし、干渉されない自分を引け目に思うこともない。何より、昼休みにトイレで一人コソ弁をする必要もない。ここが今の自分の居場所だったんだ。心が落ち着く。

 授業が始まり、机上のタブレットから流れてくるオンライン授業の音声をBGMに、こっそりと読みかけの本を読む。僕もどんどん透明になって、一人だけの世界に入っていった…

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 学期が新しくなり、かなり透明度が高くなった女生徒がこのクラスに編入してきた。目を凝らして見ると、なんとあの転校生の有馬じゃないか。あんなに人気者だったのに… あれからいったい何があったんだろう。でもそれは聞かないのがこのクラスの不文律だ。なんとなく想像はつくが。

 その日の放課後、あまり早く家に帰りたくなくて、一人教室で本を読んでいた。気がつくと教室にはもう一人、誰かがいる。有馬だ。目が合うと、こちらへ向かってくる。慌てて読んでいた本を畳んだ。

 「その作家さん、私も好きなんだ。」
 「えっ?」

 手元のラノベの表紙を見返す。この作家が好きなんて、よっぽどの変わり者… というか、よもやこの作家が好きな人にリアルで出会えるとは思わなかった。

 「前のクラスの時から、足立くんが読んでいたのは気づいてたよ。だけどなんか気恥ずかしくて、声かけられなかった。」

 なにやら嬉しくなって、鞄の中から何冊か同じ作家の本を取り出して机に並べる。

「あーこれは読んだ。名作だよね!こっちは読んでないなー、貸してくれる?」

 もちろん。そう言って彼女の透けた顔を見た。満面の優しい笑顔だった。自分に向けられた笑顔を見るのって、いつ以来だろう。本を差し出す透明だった手に、うっすらと赤みが刺してきている。もっといろいろ話をしたい。こんな気持ちになったのもずいぶん久しぶりだ。

 もしかして、このクラスにいる時間はもうそんなに長くはないかもしれないな。次のクラス替えではR組(リア充クラス)に二人揃って移っているかもしれないと、彼女のやはり赤みを帯びてきた指先を眺めながら、心の中でこっそりとにやける。


 二人の会話は途切れることがなかった。窓の外では今日もまた、大きな雲がゆったりと流れていた。

[了]

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創作サークル『シナリオ・ラボ』9月の参加作品です。お題は『転校生』。

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