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ハザカイキ禍で、いろいろ考えてみたこと。

こんにちは。ひら自然菜園のゲンタです。
今回は「ハザカイキ(端境期)禍で、いろいろ考えてみたこと」というタイトルでお話ししようと思います。

◎「端境期って?」
さて、皆さんは「端境期」という言葉をご存知でしょうか?読み方は、「たん、きょうき。。。?」
ではなくて、「はざかいき」と読みます。初めての方は難しいですよね。なかなか実生活で聞くこともないんじゃないかと思います。

それもそのはず。端境期とは、収穫できる野菜が非常に少ない期間のことを指して、年に大体3月〜4月と10月~11月(関東〜中国地方)のそれぞれの一部の時期で起きます。特に春の端境期は期間も秋よりも長く、収穫できる品目もとても少なくなります。まさにハザカイキ禍と呼んでしまうくらい、私にとってコロナよりも怖い存在です。

どれぐらい少なくなるかというと、冬野菜の小松菜、水菜、春菊、ほうれん草、チンゲン菜、大根、かぶ、人参、キャベツ、白菜、レタス、、、、、、、、 「いやいやいやいやいや、ほとんどやん!!!」「てか、他に何の野菜食べれるん??」って思うのが普通かと思います。

仕組みとしては、野菜が董立ち(トウダチ)といって、暖かい時期になると蕾を咲かせて子孫を残そうとする生殖活動に移ります。そうなると、野菜の水分が少なくなるうえに、芯が入って食べれなくなります。(菜花は食べれますよ!)

私は、この端境期が毎年怖くて、いつも野菜を渡足している人には端境期に入る前に「もうすぐ野菜がなくなるで。」と予告しています。まさに野菜の緊急事態宣言。ぴたっ。と動きが止まります。なんということでしょう。


◎ハザカイキ禍でこそ、気付かされたこと
こんな状況になったら、昔の人はなんの野菜、あるいは野菜の代わりに何を食べて毎日を過ごしていたのか?僕はよくこういうことをルーティンである畑で人参収穫をしながら考えることが多いです。(人が気にならないことを考え続けること好きなので。)

下調べせずに、自分なりに考えた結果、大きく結論は2つありました。

1つ目は、お漬物や根菜類を常備しておいた。昔は冷蔵、冷凍庫もないので、保存といえばお漬物が代表格かと思います。(雪国は雪室があるから、そこで保存しているかも。)
近場での新鮮野菜の収穫が難しかったり、まだ流通が発展していなかった時代は、とにかく地域の中で取れたもの。
あるいは自分の畑で穫れたものを食べるしかないです。冬の間に育てた大根や白菜があれば、ひとまず塩漬けにして保存しておくことができます。
その名残があるためか、「冬野菜=大きい野菜(白菜、大根など)」が重宝されるのも頷けます。

2つ目は、野菜以外の野の幸である山菜やたけのこをとって食べていたのではと思います。春に野菜が不足しているこの時期だからこそ、ふきのとうや、たけのこは十分食卓に必要な食料であるだけでなく、1年の中でその時にしか楽しめない美味しさがありますで、積極的に摘み取りに行く習慣があったのでは?と思いました。そもそも山菜の摘み取り自体も楽しいですしね。


◎最後に
もう一つ、改めて気付かされたことは、「日本の農業技術と流通はすごい」ということです。
そもそも、一般人に端境期という言葉を浸透していないのは、日本中のどこのスーパーに行っても野菜不足を連想させないくらい野菜が店頭に陳列しているからだと思います。これは、日本の北から南までの気温差が異なる地域で収穫できる野菜を運んできているか、ハウス栽培による抑制栽培のおかげだと思っています。にんじんとか、切らしているスーパーを見たことないです。

全て地産地消。全て露地栽培だけだと、どうしても端境期では野菜は不足します。それを救うのはまさに先人達が築いてくださった現代農業の技術だと思います。
僕たち有機農家は、そういう慣行栽培で堅められた土台があって、食料不足の不安がないからこそ、はじめて有機農家が独自の方法で表現したり、消費者さんと繋がれたりする機会をいただけているのだろうと思っています。

ということで、今回は、「端境期禍で、いろいろ考えてみたこと。」というお話しでした。

今日もいい1日にしていきましょう。


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