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【小説】「まあちゃんは、この街が好き。」


「みすゞ飴でアドベントカレンダー作りたい」

学校帰り。私とまあちゃんはコーヒーの匂いに包まれた本屋にいた。2階の奥、漫画が並んだ棚の前が私たちの特等席だ。私はコーヒー、まあちゃんは紅茶。猫舌のまあちゃんは、長い髪を耳にかけながらふうふうと紅茶を冷ます。見慣れた光景と聞きなれない言葉。まあちゃんとは保育園からの付き合いなのに、彼女の突拍子もない発言にはいつも面を食らう。

「アドベント……何?」

まあちゃん曰く、アドベントカレンダーとは、クリスマスまでカウントダウンしていくカレンダーで、1日1個チョコやキャンディのような贈り物がもらえたりするらしい。この街をテーマにしたアドベントカレンダーもあるそうだ。

「なんでみすゞ飴?」
「美味しいから?」
「でも、クリスマス、もうすぐじゃん」
「そうだね、来年作ろう」

まあちゃんは、この街が好きだ。いつからかはわからないけど、気が付いたらこの街が好きな子になっていた。でも、私はこの街が好きじゃない。理由を聞かれても困るのだけど、強いていうならなんとなく、好きじゃない。私もまあちゃんも、同じようにこの街で生まれ育ったのに、なんでこんなに違うんだろう。以前、まあちゃんに「どうしてそんなに好きなの?」と聞いたら「この街を好きな人がいるのをたくさん知ってるからかな」と言われた。そういうもんなのだろうか。空になったカップを見つめながら考える。

「帰ろっか」

顔を上げるとまあちゃんが紅茶を飲み干していた。

「そうだね」

知る人ぞ知る裏道を通って駅に向かう。並んで歩くとまあちゃんの背の高さを実感する。見た目も好きなものも、色んなものが正反対なのに私たちはいつも一緒にいる。それが当たり前で、少し前までこの当たり前がずっと続くと思ってた。

「今日は橋、歩いて渡らない?」

駅に着くやいなや、いたずらっ子よろしくな笑顔で提案するまあちゃん。

「寒いからやだ」
「いいじゃん、歩こ」

深く深くため息をつきながら橋の上を歩く。川の音と風の音、それから重機の音が混ざりながら耳に入ってくる。ごおごおと吹く風に思わず体を抱きしめる。

「やっぱバスにすれば良かった!まあちゃんのばか!」
「はは!寒いね!」
「全然寒そうじゃない!」

寒さのあまり体をさする私とは対照的に寒さなんて感じてないような軽やかさで歩いていくまあちゃん。不意にまあちゃんの足が止まり、彼女の長い髪がふわりと風になびく。

「どしたの」

まあちゃんの視線の先を見て理解する。自然の力によって攫われたシンボルが、人の力によってその姿を取り戻している。

「直って、きたね」
「うん」

私の言葉にまっすぐ橋を見つめたまま答えるまあちゃん。

「3月だってね」
「うん」

優しくて穏やかで、でもどこか寂しげな視線を赤い橋に注ぐまあちゃん。その表情から彼女の心が伝わってくるようで、なんだか少し苦しい。

「まあちゃんは、この街が好きなのに」

春にはいなくなっちゃうんだね。という言葉は飲み込んだ。口にしたら何かが壊れてしまうような気がして言えなかった。沈黙が川の音に消されていく。なんとなく居心地の悪さを感じてスマホを取り出す。

「あ、電車! まあちゃん、走るよ!」

発車ギリギリの電車に乗り込む。空いていた座席に腰をかけ、上がった息をゆっくり整えていく。

「ねえ」

一足早く呼吸が整ったまあちゃんがスマホを見せながら言う。

「これ、一緒に聞かない?」

差し出されたイヤホンを左耳にさすと、優しいギターの音色が流れ始めた。

「あ……」

彼女のスマホを覗き込む。見覚えのある景色。思わず、まあちゃんを見るとまたいたずらっ子のような顔をしていた。うまく言葉が出ずにそのまま耳を澄ます。ガタンゴトンと電車の音と歌声が混ざっていく。

「降りなきゃ」

その声にはっとして顔を上げると電車は朱色の駅に到着しようとしていた。まあちゃんにイヤホンを返し、電車を降りていく後ろ姿を見送る。窓越しに手を振り合ってるとゆっくりと電車が動き出した。ふいにスマホが震える。

“続き、良かったら聞いて”

という言葉と共に送られてきたURL。カバンからイヤホンを取り出してスマホに挿す。再生ボタンを押す。流れ続ける見慣れた景色。思わず聴き入ってしまう優しい歌声に心を預ける。気が付くと窓の外にはミントグリーンの駅。電車から降りると、またしても寒さに体が震えた。この街の冬は寒い。

「“きっとこの場所でこれからも生きていくんだろう”かぁ……」

覚えたての歌詞を反芻するように呟く。寒さから逃れるように駅舎へ入るとスマホが震えた。

“こっちも“

と、送られてきた別のURLをタップする。12月のカレンダーに様々なアイコンが並んでいる。駅舎のベンチに腰掛けて、かじかむ手でスクロールする。

「ご飯、風景……えっと、何行?何て読むんだろ」

あえて読めないタイトルを選んでみる。

「……この道」

小一時間前にまあちゃんと通った道だった。そのページには見慣れた街の何気ない瞬間と短歌が綴られていた。読み終えて、いつの間にか引き込まれていた自分に気付く。カレンダーのページに戻る。やりたいこと、始めたこと、やりたいこと、日本一短い県道…

「え、日本一短い県道ってなに!?」

予想外の単語に少し大きめの声が出た。誰もいなくてよかった。通学路に溶け込んだ日本一に感心しながら、カレンダーに戻ってスクロール。気になるタイトルを読んではカレンダーへと戻る。行ったり来たり、スクロールするたびに浮かぶ愛、愛、愛、たまにご飯、そして愛。溢れんばかりの愛にくらくらした。まあちゃんは、なんで私にこれを送ってきたんだろう。スマホをしまって考える。びゅうっとどこからか入ってくる隙間風に体が縮こまる。

「あ、そっか」

私はこの街が好きじゃない。まあちゃんは、そのことを知っている。この街が好きなまあちゃんは、春にはこの街を去っていく。この街が好きじゃない私は、春からもこの街で生きていく。まあちゃんは前に言っていた。「この街を好きな人がたくさんいるのを知っている」だから好きなのだと。彼女はこの街が好きという輪の中にいる。そしてこのカレンダーは、色んな人の好きという気持ちが詰まった大きな輪だ。まあちゃんは、その輪の中に私を引き込もうとしているのだ。春からの私が、少しでもこの街で生きていくのが楽しくなるように。

「余計なお世話だよ、まあちゃん」

言葉とは裏腹に頬が少しだけ緩むのがわかる。まあちゃんはいつだって突拍子もない、しかも言葉足らずだ。だから、私は考える。まあちゃんの言葉の意味を、行動の裏側を。考えて、考えて、そして、私は言葉にする。


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“まあちゃん“

“なあに”

“私、この街が好きじゃない“

“知ってる“

“いつか絶対出てくし”

“うん”

“でも
この街を好きって人が
たくさんいるって知れたのは悪くない
……と思う”

“そっか”

“それだけ。また明日!”

“明日から冬休みだよ”

“いいじゃん。明日は“


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「私と、デートしようよ。送信!」

この言葉の意味をまあちゃんはわかってくれるだろうか。まあちゃんの返事を待たずにスマホをしまってベンチから立ち上がる。駅舎を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。マフラーに顔を埋める。自販機で温かいコーヒーを買う。指先からじんわり熱が伝わっていく。ふわふわする足元。夜空に広がる星がいつもより眩しい。やっぱり、私はこの街が好きじゃない。でも、この街を好きな人のことは、少しだけ好きかもしれないと思った。そんな17歳と11ヶ月の夜。



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【あとがき】
この小説は、おいでよ上田さんの企画『#上田アドベント2020 』への参加作品です。お気付きの方も多いかもしれませんが、この作品は同企画に参加された方の記事や作品が織り込まれています。元々アドベントカレンダーをテーマにした作品を書くつもりでしたが、他の方の記事を読むにつれて、「もしも、このアドベントカレンダーを小説の登場人物が読んだら?」という妄想が膨らみました。この企画に参加された方や毎日欠かさずチェックされた方が、にやりとできるような話を書いてみたくなり、このような形となりました。もしまだ他の方の記事や作品をチェックできてないという方は、ぜひ見てみてください。素晴らしい想いが詰まっています。読み終えて、またこの小説を読んでいただけたら、新しい発見があるかもしれません。上田への想いがひとつの暦に詰め込まれた素敵な企画を、そして記事と作品をありがとうございました。

2020.12.24. もぎりのやぎちゃん(やぎかなこ)


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