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私にとって働くとはという話

大学を卒業してから、職業は看護師になった。

いろいろなご縁が重なって、今年の4月から職業は大学の非常勤助手になった。

紆余曲折あり、また4月から職を変えなければならない状況になりつつある。大学院も行っていて、子育てもしていて、私は一体何足の草鞋を履けるんだろう?と思ってみたりもする。

そんなに何足も草鞋を履いてまで仕事をする必要があるのかと。

正直、大学院は奨学金を借りれているし、子供もまだ小さいからものすごくお金がかかるわけではないし、夫の収入で暮らしていけなくはない。

でも仕事をしたい。それはなぜ?とちょっと考えてみた。

自分で収入を得ないことによる謎の罪悪感

今までずっと自分で働いてきて、ある程度収入を得ていたので無収入になるって何か恐怖。上手に説明できないけれど。

「旦那さんが稼いでくれるならいいじゃん」

っていう考え方もあるけれど、そこまですっぱり割り切れない。多分私の性格の問題なのだけど。自分が稼いでいないと、自分の好きなものを買ってはいけないような気持ちになる。もともと散財はしない方だと思ってはいるが。

昔、地元で働いた後に結婚を前提に関東に引っ越した。今の夫と同棲を始めて、少しはゆっくりしなよという言葉に甘えて2ヶ月ほど無職だったのだけど、何を買うのにでも(特に嗜好品、当時は喫煙していたし)夫の財布から出ているのかと思うといちいち許可を得なければならないような気がした。いや、うん、別にそうでなくて良いのだけど。性格の問題なのか、今まで自分で稼いできたという謎の自負からなのかもわからないけれど、とにかく人のお金で生活していくことに罪悪感(この表現が正しいのかはわからない)と窮屈感を感じたのだ。それに耐えきれなくなり、本当は半年くらいのんびりしようと思っていたのに、さっさと就職を決めた。

社会からの孤立感

ずっと仕事をしてきた人間にとって、仕事をしなくなるということは社会からの孤立感を生み出すことが多いというのは聞いたことがある人もいるかもしれない。産休・育休という素晴らしいシステムを上手に使い我が子との大切な時間を満喫することができる人も多いだろう。

でも私はそうはできなかった。看護師という対人援助職だったということもあるかもしれない。産休・育休の話の前に、上述した関東に引っ越してからの無職の2ヶ月間。謳歌すれば良かったのに、知り合いもほとんどいない(というか、大抵平日はみんな仕事してたし)状況で一人で大都会を満喫できるほどの根性も持ち合わせていなかった田舎者だったので、家とスーパーとの往復だけの生活は正直辛かった。たまーに、都心に出て餃子が有名な店で平日昼間からビールを飲んだりしてみて楽しかったが、上述の謎の罪悪感はあった。

何より、夫以外の人と会話をすることがほとんどないことが苦痛だった。

これは、産休・育休でも同じことがあった。同じことと言っても、夫以外の大人との会話だけでなく、自分の時間を自分でコントロールできる時間が欲しいという点もあった。一日中0歳児と二人で過ごしていると、会話のキャッチボールはできないわ、全てが子供に合わせた生活なので時間のコントロールが自分でできないという苦痛があった。ほしくて授かって産んでおきながらこんなことを言うと非難されるかもしれないが、自分で自分の時間をコントロールできないことがこんなにも辛いとは思わなかった。

幸いにして子供二人どちらも満1歳から保育園に預けることができたので(職場内の託児所含む)、職場復帰できた時は嬉しさも倍増であった。忙しい部署に配属になったのでそれはそれで大変だったが、ある程度は自分で自分の業務のコントロールができた(業務量は無理だけど順序とか時間配分とか)ので、言葉の通じない0歳児に24時間振り回されることはなくなった。そういう意味も込めて、保育士さんって本当に尊敬する職業だと思う。子供と言葉が通じないだけではなく、その子の成長にも影響するかもしれないし。

育休から復職することで、職場の同僚はもとより、患者さんとの会話も増え、大変だったこともあるけれど、社会的アイデンティティを保持しているという実感が自分の社会での存在意義を強く感じさせてくれた気がしている。(おそらく私、承認欲求がつよいタイプなので余計にね。)

知識や腕が鈍るのではという焦燥感

もうね、あっという間に勘は鈍るものだなと。あんなに毎日数回刺してきた留置針(点滴用の針)も採血も、一年ちょっとの産休・育休で鈍るわ緊張するわですよ、、、ちなみに、去年の10月頃から病休して、非常勤教員になったので生身の人間には一年以上針を刺していない。学生指導のために、模擬腕には刺しているけれど。やはり、技術は間が開けば開くほど、うまくやれるのか不安で仕方がない。

また、どの仕事にも通ずるものがあるかと思うのだけど、長く働くと、経験則で動けるってことがあると思う。根拠はないけど、直感みたいなのがあってそれが当たるとか。具体的には、体調悪くして外来に来た患者さん、血圧とか普通だけど、何か、説明できないけど、何だか、念のため医師指示の採血のついでに輸血できるように準備用の採血しておこうかなと思って採血するとかなり貧血が進行していて早めに輸血したい!と医師指示が出たりする結果になったりだとか。この、理論やらエビデンスでは説明できないけれど職人の勘的な咄嗟の判断。現場から離れるとこういうことも鈍りそうな気がする。

しかし、教員職に就いて実感した。経験則で物事を教えてはいけないと。きちんとエビデンスを示すことが重要。それはその通り。なので、今はそういう意味で学生指導に四苦八苦している。

子供から憧れられたいという自己満足感

うちの子供、特に6歳の長女はずっと将来の夢を看護師だと言っていた。一度保育士に変わったけれど、それ以外はずっと看護師になりたいと七夕の短冊に書き続けていた。それが、先日、学童に迎えに行った際に先生から言われたのは「長女ちゃん、将来大学の先生になりたいって言ってましたよ」。そんなの初耳!しかも大学の先生って言うとものすごく聞こえよくて。教授とか准教授とかイメージしちゃうけれど、私は非常勤の雇用期間の定めありの助手なんですわ。。。いや、今の仕事もとても大事だと思って働いているけれど、ちょっと他の人に伝えるときには言い方を少し変えてくれるといいなぁ。。。なんて6歳には難しいだろうけど。

でも、正直嬉しい気持ちもある。自分が働いている職業に憧れを抱いてもらうこと、ましてや自分の子供にそう思ってもらえるのは嬉しい。子供が他人に自慢できる母ちゃんでいたいなぁと思う。

これは外で働いてくるだけではなく、家の中のことだってそう思う。親の作る料理がおいしいから、家事が手早いから、そういう大人になりたいだとか。自分がしていることに対して子供が憧れてくれるのって素直に嬉しい。もっと頑張ろうって思える。とか言いつつ、最近まともに家事をこなせていないのだけど。。。

まとめ

要は、私個人としては外で働かないと何となくダメ人間になるんだろうなぁという気持ち。でも、頑張りすぎると適応障害が悪化するかもしれないし、その辺の線引きが難しい。

頑張る頑張らないのメリハリだったり、上手に手を抜くとか器用にやれたらいいのになぁって思う。

4月からどんなところで働くかこれから考えるのだけど、資格あるしこんなご時勢だからできれば医療職者として働くことができたらいいなぁ。という感じで就活しようと思います。

タイトル画は、皆さん少し一服しましょうという気持ちを込めて。

ではまた。

#はたらくってなんだろう

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