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インテリアとアウトドアがシームレス。美しき同性愛とその邸宅 映画『シングルマン』

アートに造詣が深いデザイナー、トム・フォードが監督

『シングルマン』は、2009年公開のアメリカ映画。監督は、グッチやイヴ・サンローランも手がけた世界的なファッションデザイナーとして知られる、トム・フォード。彼は、『007/慰めの報酬』以降のジェームズ・ボンドのスーツも担当しているほか、そのブランドイメージ全般を司る“クリエイティブディレクター”という肩書きのはしりとしても知られています。

ブリティッシュスタイルへの憧れ満載

本作の舞台は、1962年のロサンゼルス。恋人のジムを交通事故で突然失った大学教授ジョージの物語です。

ジョージを演じるコリン・ファースは、イギリスのイケメン俳優。『ブリジット・ジョーンズの日記』でマーク・ダーシーを演じたほか、『英国王のスピーチ』(10年)では、ゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞しています。そんな彼が、本作では、屈強な肉体で、異様な色気を放っています。普通の女性には、ちょっと気味が悪いほどに・・・。

節々に見える、トム・フォードのヨーロッパへの憧れ

作中では、コカコーラやテレビのことを揶揄したり、元恋人役にアメリカ人のジュリアン・ムーアを起用する一方で、乗っている車は旧車のメルセデスだったり、ヨーロッパのセックスシンボルとも言えるブリジット・バルドーまがいの恐れを知らない女学生を登場させてみたり。ジョージにも、細いネクタイにブリティッシュのスーツを着せ、若い男に上半身裸でテニスをさせたりして、60年代ブリティッシュスタイルを好意的に描いています。舞台設定はロサンゼルスだし、トム・フォードはアメリカ人でありながら、節々にヨーロッパへの憧れが見られて、ニヤニヤしてしまいます。

そしてトム・フォードは、ジョージに、大学の授業でこう言わせます。

「隠れた少数派の話をしよう。少数派のように、世間から見ると脅威と見なされる相手であること自体が、恐怖を生む。恐怖こそ真の敵で、全世界を支配できる」

10年以上を経たいまの社会情勢にもそのまま、いやそれ以上に強いメッセージ性があるのは、なんとも皮肉です。

インテリアが一流なのは、家が一流だから?

ロケに使われた建物は、フランク・ロイド・ライトの弟子であるジョン・ロートナーの家「ガラス・ハウス」。モダニズム建築の傑作のひとつだ。冒頭から登場し、平屋部分の屋根を越える大きな出窓が、室内と屋外を分け隔てることなく緩やかに繋ぎ、“透明”を感じさせます。恋人ふたりの関係と同じ、世間からは見えない、ピュアで透明(クリア)な存在という訳です。

このように、室内にいながら屋外を感じられる建物といえば、師匠であるフランク・ロイド・ライトの落水荘が思い浮かびます。環境に溶け込んだ建物それ自体が一級品なので、撮影するだけで絵になります。フランク・ロイド・ライトのインテリアは、日本でも帝国ホテルなどで見られるが、このガラス・ハウスほど開放的なものは高温多湿の日本では難しいかも知れません。

透明なインテリアで伝えたかったこと

エンドロールに登場する「For Richard Buckley」とは、トム・フォードの長年の恋人でVogue誌の元編集長のこと。映画に登場する犬も、ふたりが実際に飼っている犬なのだそう。こうした事柄をもって“私小説”だと言ってしまえばそれまでなのですが、『トーチソング・トリロジー』や『ブロークバック・マウンテン』といった同性愛を題材にした作品と比較したときに、本作ではパートナーは冒頭で死んでおり、孤独に直面し死を選ぼうと考えるひとりの人間の素朴な感情はどうか?という問題提起と考えると、価値が増すように思います。

本作は、社会的な成功はピークの一点でしか計れないが、むしろ平凡な日常にこそ生きる喜びがあることを謳っていると言えそう。もっとも、トム・フォードの考える“普通”は、すでに一般人の“普通”とはかけ離れているのですが・・・。

生きていれば、ささやかではあれ、幸せなことが積み重なっていくーーインテリアとアウトドアがシームレスなガラス・ハウスのように、心の中も体面も透明(クリア、純粋)すぎて、不特定多数人には捉えきれない脆い存在であっても・・・そんなメッセージは、今だからこそ心に響くように思うのです。

『シングルマン』ブルーレイコレクターズエディションは、ブルーレイで1400円ほどで購入できます。絵も音も綺麗なので、ぜひコチラで!

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いい音&大画面があることで日々の暮らしが豊かに。住宅というハコ、インテリアという見た目だけでない、ちょっとコダワリ派の肌が合う人たち同士が集まる暮らし方を考えていきたいと思っています。