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寄付の魅力

いろいろ本職で告知したいことがあって自己紹介を書いていたのですが、よく考えたら下記にもう書いていたので、必要に応じて下記を参照いただくことにして、今回は自分がのめりこんでいる寄付の魅力について書きます。

気づいたらえらい長い記事になってしまいました・・・。

よければ、すこしだけお時間をいただければと思います。


はじめは、寄付の「受益者」でした

私は、寄付募集の活動に関わってもう20年になります。

初めて寄付を募ったのは大学1年生のころ、2000年の「あしなが学生募金」でした。

高校までは、「寄付って偽善的だな・・・」とか、「ボランティアって響きからして嘘くさいな・・・」と思っていました。

しかし、中学3年で父親が亡くなってから借りていたあしなが育英会の奨学金が実は一般の方々の寄付金からできているという話を聞き、

「そうか・・・実は自分も寄付のおかげで大学に進学したのか」

と気づいた次第です。

「奨学生は募金活動のボランティアをしてほしい」ということだったので、まあやってみるかと思ってやってみたわけです。

よく考えると、自分たちの募金活動の成否によって、あしなが育英会が提供できる奨学金の額が決まるわけですから、実は責任重大なのではないか?と思うようになりました。

そして、街頭募金では、感覚的には95%の人に無視され、4%の人に嫌な顔をされたりするわけですが、1%の方が非常にあたたかい言葉をかけてくださったりします。

「世の中には、いい人がいるんだなあ・・・。こういう人のおかげで自分も大学に行けたんだな・・・」と思いました。

こういうあたたかい気持ちもさることながら、自分がおもしろい!と思ったのは、

募金額が、劇的に違う。いろんな条件で違う

ということでした。

「街頭で立つ位置が10センチ違うと、募金額が違うもんだよ」と先輩に言われていたのですが、それは本当でした。

また、

・当日の天気
・呼びかけの中身
・街頭に立つ人数
・街頭に立つ高校生ボランティアが制服を着ているかどうか
・街頭募金をどこの駅前で行うか
・横断幕を使うかどうか・・・

といった、様々な条件によって、劇的に募金額が違うのでした。

当時は、相関関係・因果関係・マーケティングといった言葉はよく理解していませんでしたが、「もしかしたらこうじゃないか?」と考え、打ち手を考案し、実際に現場で検証することに熱中しました。

そして、特にボランティア活動に入ってきてくれた非常に優秀でたのしい後輩たちに影響されたのですが、こういう後輩たちに何を伝えて、活動全体での成果を高めていくのか?(そしてそれを通じて後輩たちに何か意味のある経験を得てもらえるのか?)ということも、よく考えていました。

結果、これがいまの私の職業になっているのだから、不思議なものです。


社会問題の存在を知らせるための寄付募集と、その留意点

2000年から2001年くらいは、あしなが学生募金が、自殺によって親を失う子ども(自死遺児)の問題を社会に呼びかけていたころだと記憶しています。

当時は、「自殺で死ぬのは、その人の勝手」という考えを持つ人も多く、街頭で心ない言葉を吐きかけられることも多かったです。

(おそらく、心ない言葉を吐きかけてくる人も、ご自身の人生で、いっぱいいっぱいだったのだろうなと今は思います)

これは、寄付金を集めることそのものに加えて、新しい社会問題の存在を知らしめるための募金活動なんだな、と思ったものでした。

実際、このころの活動は、自殺について日本社会が認識を改めていくきっかけになっていったと思います。

「新しい社会問題への理解を呼びかける寄付募集」と、「打てば響くような趣旨を呼びかける寄付募集」との関係は、商業マーケティングにおける、

・直接販売には結びつかないけれども長期的には出しておくべきテレビCM

・直接販売に結び付くような販売促進キャンペーン

の関係に似ています。

ここで留意するべきは、非営利組織が寄付募集を至上命題にしたとき、「社会には問題があった方が都合がよい」という構造になってしまうことです。

当然これは非営利組織に限ったことではなく、ニュースを報道して広告費を稼ぐメディア企業にとっては、利益を上げ続けるためには「社会にニュースがないと、話にならない」ということと似ています。(有名人のゴシップを取り上げ続けるメディアは、ニュースの定義を拡張することで市場を拡大してきたとも言えるかもしれません)

または、自分自身を変えるための様々な商品・サービスを売りたいという立場の企業にとっては、「顧客はコンプレックスを強く感じてもらった方が都合がよい」という状況にさえ似てきてしまいます。(先日Yahoo!さんが改めて下記ページを周知しておられて、素晴らしい企業だと思いました)

つまりは、「この社会はひどい」と思ってもらった方が、寄付のマーケティングには有利なのでしょう。

願わくば、

・客観的に社会を見つめ
・妥当と思われる打ち手をご理解いただき
・寄付の力でより良い社会に少しずつ近づいていけることを説明して

それで寄付を募る、そんなファンドレイザーでありたいと思っています。

一方で、真摯な活動を続けるなかで、多くの人の人生に良い影響を与え、社会からの信頼を勝ち得てきた非営利組織がたくさんあるのもまた事実です。それは、非営利組織のブランドとして、人々の心の中に刻まれています。


寄付募集におけるブランドの力

大学の最終学年になっていた2005年、あしなが学生募金ではなく、有志で「ナニャンゲちゃんの心臓手術を支援する会」という募金活動をしたことがあります。

あしなが育英会が活動をしていたウガンダで、心臓手術をしないと死んでしまう可能性の高い病気にかかっている女の子がいて、その子のために200万円を集めるというキャンペーンでした。(まだ当時のブログが残っています)

自分は過去4年間の街頭募金や様々な経験によって街頭募金のノウハウを積んでいるのだから、寄付を集めることができるだろう、と思っていました。

ところが、街頭募金の成果は予想をはるかに下回るものでした。

そうか、街頭でたくさんの支援をいただけていたのは、「あしなが」の4文字があったからだったのか・・・と痛感したものです。

今から考えるとこれが、信頼されている「ブランド」の力を実感した最初の機会でした。

この募金活動の危機を救ってくださったのは、なんと「子どもが心臓手術をしたことがある」という体験を持つ、親御さんたちでした。

多大な寄付、メディアでの紹介など、多くのご支援をいただきました。

そして、最後にたいへんな額のご寄付をくださったのは、医療従事者の方でした。

絶対に無理だと思っていた心臓手術のための200万円が集まり、それを芦屋の三井住友銀行から送金した日のことは、生涯忘れられないと思います。

寄付募集というのは、集める側がえらいのではなく、寄付する人が、すごいんだなと思いました。寄付によって何かが達成されたとき、(寄付を預かった非営利組織が注目されることが多いのですが)それは、ほかならぬ寄付者の力によってなされたことだ、ととらえるべきだと考えます。


寄付の魅力

寄付は、明らかに他の商品とは違う性質をもっています。

・任意のものである(強制されたものではない)

・対価がないものである

・社会公共のためのものである

という特性は、いずれも非常におもしろい。(寄付とは何だろう?ということについては、過去にブログでも書いているのでご参照ください)

マーケティングの実務者として考えていたときには、下記のような特性も非常におもしろいと感じていました。

・需要がない
(どんなブランドでもよいからティッシュがほしい、というシーンは想定されうるが、どんな寄付先でもよいから手元のお金を寄付してしまいたいというシーンはかなり想定しにくい)

・原価がなく、価格は寄付者が決める
(モノを仕入れて売る、という行為ではない。強いて言うならば非営利組織の活動が「仕入れ」にあたるかもしれないが、価格が寄付者次第なので利益率にあたる数値が算定できない)

・交換なのか、贈与なのかよくわからない
(社会的ステータスや精神的充足感との交換ということも言えなくもないが、匿名寄付では社会的ステータスは得られないし、精神的充足感は寄付先が提供するものというよりは自己の内面から生じる面が強いから「交換」とも言い難い)


自分は寄付について全く理解できていなかった

かれこれ20年も、受益者として、ボランティアとして、プロボノとして、また有給のファンドレイザーとして寄付に関わってきた自分は相応に寄付については考えてきたつもりでした。

しかし、その自己認識はこの数か月で打ち砕かれました。

大学院博士後期課程に入学して本格的に研究に取り組むなかで、自分がいかに寄付について知らなかったか、を痛感しました。

それまで、「寄付についての論文はあまり多くないな・・・外国には文献も多そうだけれど」というくらいの認識でしたが、京都大学の持つ論文データベースの中で検索して調べている中で、自分のリサーチクエスチョンに関連するような寄付についての論文が、すでに500本くらい見つかっています。しかもこれは、法人寄付などを除き、個人寄付の研究に絞っての話です。

図書館の書籍を読んでも、心理学・経済学・マーケティング・社会学などにまたがって、寄付研究に大変な蓄積があることがわかりました。

博士後期課程に入る前に上記の研究ブログを開始したのですが、「寄付を科学してみませんか?」という大層なタイトルをつけてしまいました。まあ、無知を自覚するところから始まる科学ということで、それはそれでよいのかもしれませんが・・・。


寄付とアイデンティティ

例えば、様々な人々が、最も効率的に命を救えるような組織ではなく、それぞれ「好きな」寄付先に寄付をするのはなぜなのでしょう。

とんでもない金額の基金をもっている米国の有名大学に対して、もっている個人資産がその大学基金と比べてはるかに小さいような個人が寄付をするのは、なぜなのでしょう。

それを説明する要因のひとつは、個人の「アイデンティティ」という要因だと思われます。スタンフォード大学のAaker先生と、一橋大学の阿久津先生が端的にこれまでの研究をまとめて、寄付におけるアイデンティティの役割を解説しておられる下記の論文が参考になります。

Aaker, J.L. and Akutsu, S. (2009), Why do people give? The role of identity in giving. Journal of Consumer Psychology, 19: 267-270. doi:10.1016/j.jcps.2009.05.010

「自分は、自分自身をどんな人間だと思っているのか」

が、寄付をするかどうかの判断をする場面で、影響してくるというわけです。


頼まれるから寄付をする

人が寄付をする理由については様々な学問領域からさまざまな説明がされていますが、ファンドレイザーにとって大きな影響を与えるのは、「寄付の依頼をされるから」という理由での説明でしょう。

寄付における”Ask”の重要性を実証した研究は複数あります。

Andreoni, J., & Rao, J. M. (2011). The power of asking: How communication affects selfishness, empathy, and altruism. Journal of Public Economics, 95(7), 513–520. https://doi.org/https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2010.12.008
Bruttel, L., & Stolley, F. (2020). Getting a yes. An experiment on the power of asking. Journal of Behavioral and Experimental Economics, 86, 101550. https://doi.org/https://doi.org/10.1016/j.socec.2020.101550
Easwar S. Iyer, Rajiv K. Kashyap & William D. Diamond (2012) Charitable Giving: Even the Willing Need to be Persuaded, Journal of Current Issues & Research in Advertising, 33:1, 115-127, DOI: 10.1080/10641734.2012.676489

しかし、人が寄付の依頼を避けたがる傾向についても、研究されています。

Andreoni, J., Rao, J. M., & Trachtman, H. (2017). Avoiding the Ask: A Field Experiment on Altruism, Empathy, and Charitable Giving. Journal of Political Economy, 125(3), 625–653. https://doi.org/10.1086/691703

寄付者と組織がよい関係を結ぶためには、

「寄付を依頼されてうれしい」

「貢献できてうれしい」

と思うような人に依頼していくことが理想だと考えています。

たとえば、ピア・プレッシャー(仲間からの心理的な圧力)によって寄付をした場合、その寄付について感じる満足度が下がる、との研究もあります。

Reyniers, D., & Bhalla, R. (2013). Reluctant altruism and peer pressure in charitable giving. Judgment and Decision Making, 8(1), 7–15.

「ファンドレイジングはフレンド(友達)レイジング」という言葉があり、ファンドレイジングの実務者の中では普通に受け入れられているように思いますが、その考え方について深く掘っていくために役立ちそうな研究です。

大学のファンドレイザーは、こうした学術研究の成果にアクセスしやすいというメリットがあり、私も(正確には大学ではなく大学の関連法人ですが)現職での実務に、このような成果を活かしていくことで

・より寄付者満足度の高い寄付

・より少ないコストで大きな成果を得られる寄付

・より精度高く予測できる寄付

・失敗のリスクが高く時間もかかるような、根本的な社会課題解決に向けた活動へ寄付

などを考え、実践していこうと思っています。


寄付の時代

昨今、寄付が社会にとって非常に重要なリソースであることが理解されつつあることは、寄付研究やファンドレイジングに携わる者としてはありがたいことです。

先日、オーストラリアで発表された1ドルコインは、この1ドルで「誰かを助けてほしい」というメッセージで寄付を促進する効果を狙っています。

明らかに、営利企業のみの市場と寄付の市場は性質が異なっているわけですが、これからは非営利組織が社会や経済に対して及ぼす影響がよりよく解明され、寄付がさらに注目される時代になると思います。

そのような中で、ファンドレイジングに携わる人々の役割は、どんどん重要になっていくと考えています。

人材募集中です

長々と書いてしまったのですが、とにかく、寄付をマーケティングの視点から考える、しかも学術研究の知見を交えながら考える、というのは本当におもしろいです!ということを伝えたかった約6000文字です。

私のチームの3人目の職員を募集中です。下記ページの「社会連携室」の求人をご覧ください。

好奇心を武器にして、新しいことを常に学びながら(特に、実践するなかで学びながら)長期的な社会貢献を目指す方にはぴったりの職場だと思います。

この記事を最後まで読んでしまったあなたは、寄付についておそらく100人に1人くらいのマニアックな関心をお持ちの方です。

そういう方は、仕事の合間に寄付について考えるのではなく、フルタイムの職で考えた方が、幸せになれると思います。ぜひご応募ください。


「寄付をする側」に立ってみて

社会人になって、「寄付をする立場」も体験するようになりました。

こどもの貧困がひどい状況になっている中で、自分はこの問題に対して何もしないのか?それはどうなの?という自問自答がありまして、この団体にコツコツと少額ですが寄付をしています。

自分が、本職では貢献できないけれども気にかかる問題に、少しでも貢献できるのはありがたいことだと思います。

困難な問題に取り組んでおられる方々に頭が下がります。

自分も、顧客である「寄付者」としての体験も積みながら、寄付についての理解を深めていきたいと思います。


「ファンドレイジング・日本2020(FRJ2020)」に参加して思ったこと、今後貢献したいこと

昨日まで、オンライン開催されていたFRJ2020に参加していましたので、その感想を述べて本稿を終わりたいと思います。

まず、FRJ2020は、ファンドレイジングの実務者にとって、間違いなく日本で一番の情報が得られる場だと感じました。

オンラインでの開催で、多くのセッションを拝見することができたことを大変ありがたく思っています。

運営やボランティアの方々、登壇者の方々にも感謝と敬意を表します。

今後、私がこのような実務者のコミュニティに対して貢献したいのは、非営利組織マーケティング研究の成果と考え方を、実務者が受け入れやすい形で説明していくことです。

非営利組織マーケティング研究の目的は、行動経済学や心理学(他多数)といった学問分野からの知見を、非営利組織とステークホルダーにとっての「成果」につなげていくことだと考えています。

ここでいう「成果」とは、非営利組織の受益者はもちろん、そこで働く人や、寄付者・ボランティアの方々、組織に直接かかわることのない一般市民などのステークホルダーがバランスよく、より良い状態に移行することだと考えます。

学術研究により得られた知見は、組織運営においては道具です。切れ味の良いハサミのようなものです。目的に沿った適切な道具を、人にケガをさせないように使いこなしてこそ、意味があります。

そんなことを考えるようになったのは、下記の書籍を読んでからです。特に、この本のマーケティングの章は、1999年に書かれたとは思えない新鮮さです。去年、博士課程進学を考えていた自分の背中を強く押し、「この章を執筆した教授の指導を受けたい!」と考えるに至った本です。

2000年に、私がはじめて街頭で募金活動をしはじめたときに、この本を既に読んでいたら、いったいどうなっていただろう?と想像します。


願わくば、この記事が、20年前の私のような若い人に届きますよう。


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世の中のためにがんばる人や、寄付をする人がしあわせな人生を歩めるような世の中になったらいいなと思っています。 京都大学経営管理大学院博士後期課程1年/公益財団法人iPS細胞研究財団 社会連携室長