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さよなら、してから




花束を握りしめていた。
さよならには、とっくに慣れたと思っていたのに。



「京ちゃんが好きだって言ってたから」
そう言いながら佳代子が渡したのは、オペラ色のアザミが彩る、丸い花束だった。

男に花束なんて、そう思って笑おうとしたのに、声を出そうとすると泣き出しそうで、何も言えなかった。

アザミの花。
佳代子と寄り道した学校帰り、空き家の庭に咲いていた。
他人の庭に勝手に忍び込む、あのなんとも言えない背徳感。
そのスリルを楽しむために、京介は父親の転勤があるたびに引っ越し先で人気のない空き家に目星をつけてはこっそり入り込むのだ……
そんな犯罪めいた遊びに付き合ってくれたのは、これまで通った全部の小学校を含めたって佳代子だけだった。
佳代子はビビリなくせに、京介はを放っておけない損な性格なのだ。

忍び込んだ、薄暗い空き家。
その古い日本家屋は、干からびた池の跡と石の橋があって、そのほとりに真っ直ぐ背の高いアザミがポンポンと咲き乱れていた。

「この花、いいなぁ……」

堂々たるアザミの花に見惚れて思わずつぶやいた。
それから急に頬が熱くなる。アザミは鮮やかなピンク色をしている。こんなの、男が好きだと言うなんて……
弁解しようと、佳代子を振り返ると、彼女は目が合った京介に深く頷いた。
それからは、2人、交わす言葉が増えたわけでも、一緒にいる時間が増えたわけでもないのに、硬い絆で結ばれていた。
あの時の気持ちを、2人で分け合ったのだから。



転勤に次ぐ、転勤。
もう慣れっこと言って、間違えなかった。
それなのに、どうしても胃が重たい。

「あのね、それから、私が好きなシロツメクサを合わせたの」
うつむきがちに、一生懸命に花束を差し出した佳代子。
ピンクの間を白い丸い花が埋めている。
あぁ、佳代子はオレの好きなものを知ってくれていた。佳代子の好きなものを、オレは聞いていただろうか……
そんな後悔が京介の胸を締め付けた。
誰とも深い仲になれないのは、転勤のせいだ、引越しのせいだと決めつけていた。
でもそれは、自分ばっかりで人を思いやれない自分のせいではなかったのか。
割り切ろうと思ってきたことがどうにも割り切れず、余りとなったものが心に転がる。

ピンクと白。
アザミとシロツメクサ。
やんちゃな京介に、丸い花束。

佳代子は割り切れるような相手ではなかったのだと、今ようやく、現実としてそれを知る。

揺れる、車。
遠ざかる町。
せめて、枯らしてしまわないように、京介は花束を握る手を緩めた。


『カフェで読む物語』は、毎週金日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️


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