陽に溶ける
桜が散っている。
ーー大人になってしまった。
川面を埋めるピンクの花びらを眺めながら、私はぼんやり思う。すぐ近くの中学校から、懐かしいチャイムの音が聞こえてくる。
ーー今年で、30歳。身体だけ大人になってしまった。
私だけだろうか。未だに自分の年齢がしっくりこなくて、本当だろうかと思ってしまう。私が思っていた30歳は、こんな風だっただろうか。
本当はもう営業回りは終わったのだから会社に戻るべきなのだけど、春の陽気が私の足に絡まった。
まだ、昼過ぎだというのに、中学校の校門からわらわらと制服の子供たちが出てくるのが見える。きゃーきゃーと明るい声。揺れる髪に、スカート。眩しいなぁ。
どうやら今日は、卒業式らしい。長細い筒を持っているのが見える。卒業証書だろう。
あの頃の私、何を考えていただろう。
きっと、未来は本当に未知で、何も決まってなくて、なんでも選べるような気持ちがしていた。今は……どうかな。未来に不安になったり期待したりすることが、減っているような気がする。
未来は未来。それが変わったわけじゃないのに……
風が吹いて、また桜が散る。
はらはら、はらはら。
あぁ、もったいないなぁ。
そんな桜に風を送るように、数人の中学生が私の前を勢いよく通り過ぎていく。
絡まりながら、走りながら、こづきながら。
「おい、待てよ」
「カラオケいこーぜ!」
「夜までやろう!」
「オレたち、もう大人だからな!!」
笑い転げていく、一陣の風。
まるで記憶のように私の脳に直接焼き付く。
そうか、君たちは、自分のことをもう大人だって思ってるんだね。まだまだあんなに小さな世界で、目の前の世界だけで一生懸命なのに。まだまだこれから先、色んなことがあるだろうに。
「ふふっ」
つい、笑みが溢れた。
バカにしたんじゃない。ただ、純粋に愛おしくて。
ーー私も、本当はまだ、子供だったりしないかなぁ。
どうだろう。そんなことあるだろうか。
手に提げた鞄をふりふり、会社への道を歩き出す。
あの子たちの笑い声、春の陽射しよりも温かかった。
『カフェで読む物語』は、毎週金日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️