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酒の大失態の後、3日間の禁酒で考えた、躁うつ、アスペルガー、記者の仕事

 財務省近畿財務局で公文書を改ざんさせられ、それを苦に命を絶った赤木俊夫さん。その妻、赤木雅子さんを取材し、俊夫さんの手記や国などを相手の裁判を週刊文春で報じてきた私、相澤冬樹は、8月25日の夜、酒に酔ってライブ配信番組の出演をすっぽかすという大失態を演じました。その直前、呑んでいた大阪・西成の立ち飲み屋で撮ったのが見出しの画像です。呑んでいるのにちっとも楽しそうじゃありません。

 その時の経緯と今後のことについて、記者として自らハーバー・ビジネス・オンラインで記事を出しました。それが以下のリンクです。編集部が付けた見出しは「公文書改ざん問題追及の元NHK・相澤冬樹記者が泥酔して大失態。改めて考える、自己と向き合う道」でした。

 自分の飲酒や、双極性障害(躁うつ病)とアスペルガー症候群のこと。そして精神科で受診した結果、次の診察日まで3日間禁酒することになったことをお伝えしました。

 ここに掲載するこの記事は、その続編。酒、躁うつ、アスペルガーと向き合う記者のリアルドキュメントです。

回りが呑んでいるところに身を置く

 禁酒初日は静かに自宅で過ごそうと思っていました。ところが行きつけの呑み屋のママさんから連絡が。「○○ちゃんのお誕生会するから、はよ来て」
 断れば済むのですが、それは義理に欠けます。呑み屋で回りが呑んでいる中で呑まずにいられるか、自分を試してみたい気持ちもありました。
 店に着くと真っ先に「きょうは呑まないから」と宣言。「え~何で? お酒じゃない飲み物なんてあったかな?」と言いながらママさんがカウンターにドンと置いたのが爽健美茶のペットボトル。たぶん自分用に買っておいたものです。「ちょっと、これこのままだったら(支払いは)原価だからね」と冗談を飛ばすと、すかさずドンと今度は氷のたっぷり入ったジョッキが置かれました。

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 お誕生会ですから、最初は店の振る舞い酒のスパークリングワイン。栓を開けるのもみんなのグラスに注ぐのも私が務めました。事情を知らないお客は「ちょっと一杯くらい飲んだら?」と声をかけてくれますが、「まあまあ」と言いながら、乾杯は一人爽健美茶のジョッキを掲げました。まあジョッキだけ見れば何かのウーロン茶割に見えなくもありません。
 回りのみんなが呑むのを見ているのはつらいかなあ、と予想していたのですが、意外に平気でした。みんなお馴染みさんであれこれ詮索されないのも楽でした。

大失態を演じたお店で千鳥が話題に…

 次の日も呑まずに過ごし、3日目。私は地元・大阪上本町のおでん屋に行きました。ここは大失態を演じたあの夜、まさにその時にいたお店。西成の立ち飲み屋で出来上がって、自宅に帰るつもりが帰らずに立ち寄ったお店です。
 顔を出すと店の大将が「お、相澤さん。この前来た時のこと覚えてはります?」
 もちろん覚えていません。この店に来たこと、その時カウンターの隅に座ったことをかろうじて覚えているだけです。大将は苦笑いしながら「そうでしょうねえ。あの時、吉本の方がいたのも覚えてませんか?」
 吉本興業の知り合いの方が芸人さんと2人で来ていたようです。会話も交わしたそうですが、まったく覚えていません。
 大将が「それできょうは何から」。私はソフトドリンクのメニューをながめて「きょうはこの前の反省で呑まないことにするわ。梅こぶ茶で」

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 こぶ茶がおでんとともに運ばれてきました。おでんは相変わらずおいしいのですが、飲み終わって私、「結論、こぶ茶はおでんと合わんね。味が濃すぎる」と宣言。呑み屋のアテは酒がすすむように大抵濃いめに味付けされています。酒ならそれでいいのですが、こぶ茶はそれ自体塩味がありますから濃く感じるのです。続きはおとなしくウーロン茶にしました。
 ふと、カウンターの隣に座っている女性同士2人連れの会話が耳に入ってきました。「最近、千鳥見てるわ」
 千鳥といえば吉本芸能の漫才コンビ。岡山の出身で、実は2人とも赤木雅子さんと出身高校が同じ。雅子さんの後輩なのです。「だから私は千鳥が好きなんよ」と聞かされていたので、すかさずLINEで雅子さんに知らせました。すると、「いっぱい、おごってあげたい」と返事が来ました。
 2人連れの会話は続き、「テレビ千鳥か相席食堂を見てる」と話していますが、テレビを見ない私はさっぱりわかりません。相席というと相席屋という飲み屋を連想します。相席屋を知らない雅子さんに店の仕組みを説明すると…
「前から感じていましたが相澤さんと私の生活には大きな隔たりがありますね」
「これだけ違いがあるのに今協力しているところが面白いじゃないですか」
「そうですね」
 こうして3日間の禁酒を無事守ることができました。

「失敗しちゃってもいい」の一言で楽に

 9月1日、かかりつけの精神科クリニックの診察日です。ここで初めて受診したのは12年前。3年前からカウンセリングも受け始めました。NHKで森友取材に没頭していたさなかのことです。双極性障害(躁うつ病)は躁とうつを繰り返しますが、当時、長いうつを脱した後、躁に近い状態になりました。職場でいら立って声を荒げることがあり、上司の報道部長(同期の元政治部記者)から「かばいきれなくなるから何とかしろ」と言われました。私を気づかってくれたのだと思います。手の甲に「声高にならない」とマジックで書いて常に眺め、画像を撮ってスマホの待ち受け画面にもしました。実は今も待ち受け画像にしていて、見た人から「それ何?」と聞かれます。

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 精神科の受診は続けていましたが、躁の状態が落ち着いてきたため、カウンセリングは去年秋にいったんお休みしていました。それを今回再開しました。久しぶりにお会いしたカウンセラーに経緯を説明し、このところの精神状態、今考えていることを伝えました。赤木雅子さんをめぐる私の最近の一連の報道は、すでにご存じでした。
 話が一通り終わったところで、カウンセラーが語り始めました。かつてのカウンセリングで話に出た私の生育歴、発達障害(アスペルガー症候群)や双極性障害(躁うつ病)のこと。当時も飲酒が時にトラブルを招いていたことを振り返りました。
「呑みすぎの背後にはさびしさが隠れていることが多いんですよ。このところ仕事がうまくいっていたことが、頑張らなきゃいけないという方向に気持ちを向けたのかもしれませんね。もっと気持ちを楽に持つように考えた方がいいですよ。無理をしないように。そのためにも生活の中に柱を立てていくことが大切です。毎週決まった時間にここに来て、私とお話ししませんか?それが柱になります。私たちはいつもここにいて相澤さんを待っています。そういう場所、そういう時間があると楽になりますよ」
 私は答えました。「そうですね。おっしゃる通り、しばらく毎週通おうと思います。ここでお話しする時に『今週も問題を起こしませんでした』と言えるようにしたいですね」
 するとカウンセラーは…「そうじゃなくていいんですよ。むしろ『またお酒でこんな失敗しちゃった』と話してほしいと思っているんです。無理をしない、というのはそういうことです」
 それを聞いた時、すっと楽になるものがありました。
 その後の主治医との診察では、3日間の禁酒について「よかったですね」と評価した上で、このように続けました。
「すぐに依存症の専門機関に通う必要はないでしょう。今後の経過を見ていきます。とりあえず次の受診日まで1週間、もう一度禁酒してみてください」

うつの気配を吹き飛ばしたうれしいメール

 その日、私は自分の背後から「うつ」の気配が近づいてくるのを感じました。かつて経験のある、あのいや~な感覚。段々奈落の底に落ちていく、あのいや~な前兆。カウンセリングで気が楽になることがあっても、それは襲ってきます。
 4年前までの私は、その「うつ」の気分にどうしようもなくはまりこんでいました。ひどい時は休職していました。あの時ほどではないけれど、そこに向かって落ちていくかもしれないという恐怖感を伴う、そんな重苦しい気分に浸りかけていました。
 その時、スマホにメールの着信音が。見ると…思わぬ方から。え、こんなことってあるの? という、奇跡のようなうれしい連絡でした。赤木雅子さんと共に出した「私は真実が知りたい」という本にも関わるお話です。すぐに知らせると一緒に喜んでくれました。

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《共著書「私は真実が知りたい」を手にする赤木雅子さん
 ふと気がつくと、さっきまで忍び寄っていた「うつ」の気配が、どこかに消え去っていました。うれしいことがあったら元気になる。当たり前のことですが、本当にありがたいタイミングでのお知らせでした。

ハイボールのウイスキー抜きは、肉うどんのうどん抜きか?

 そこに今度は、私の行きつけのスタンディングバー、「谷9のタイムズスクエア」を自称する(ちょっとおかしいけど)大阪の谷町9丁目交差点角のBATA2バタバタ)の店長シュージ(32)からLINEが…
「配信でやらかしたんですか?」
やらかしました
「今、記事見ました。当面の禁酒頑張って下さい」
「バタバタで酒を呑まずにすごせるかやってみようか? ウーロン茶イッキとか」
「儲かるんで是非お願いします」
 …この店はドリンクがすべて1杯ワンコインの500円均一。原価の高い高級酒を飲むとお客はお得ですが、逆に原価の安いウーロン茶を飲めば店が儲かる仕組みです。
「そうだよなあ。酒よりはるかに原価率いいよなあ」
「ビールの泡だけとか」
「泡にもアルコールあるよ」
ノンアルコールハイボールを開発したらいいって事ですね」
「それ、ただの炭酸水だろ。でもそれもいいかな?今夜行くか!」
 その夜、バタバタへ行って「ハイボールのウイスキー抜き」と注文すると、出てきました。ただの炭酸水が。
「昔、横山やすしが楽屋で『肉うどんのうどん抜き』と注文したのが肉吸いの始まりだって聞いたことがあるけど、これもそんなもんか?」
 でも、こちらはほんとにただの炭酸水。それがシングルモルトと同じ1杯500円とは。
「おい、いくら店のシステムと言ってもやりすぎだろ。何か付けろよ」
「はい、わかりました」

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 出てきたのは「ハイボールのウイスキー抜き、すだち添え」。店にあったすだちを2つに割って絞り込んであります。確かに雰囲気だけは何かうまそうなハイボールを飲んでいるように見えます。人間、気の持ちようです。

反省を心に刻み決意を新たにする場

 私は毎朝、5キロ走るのを日課にしています。走ると体も心もリセットされる感覚です。3日間の禁酒を経て受診するこの日、9月1日の朝も走ってきました。

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 自宅のある上本町から北に2キロほど走るとNHK大阪放送局があります。画像で私の右側に写っている18階建ての建物です。そのNHKを退職して今の大阪日日新聞に転職したのが、ちょうど2年前のこの日でした。当時フェイスブックの投稿に「この仕事を愛し、誇りを持ち、これからも記者を続けたい、その一心で今回の転職を決めました。これは人生の賭けだと思います。でも私は、この賭けに勝てそうな気がしています」と書いています。
 そして私の左側に写っている建物(NHKの西側)は大阪合同庁舎4号館。この中に財務省近畿財務局が入っています。森友学園との国有地取り引きに関する公文書を改ざんさせられて、それを苦にうつ病になり、命を絶った赤木俊夫さんの職場。妻の雅子さんもこの組織の人たちから理不尽な仕打ちを受けました。夫、俊夫さんの死についても、いまだにきちんとした説明がありません。だから裁判を起こしました。私にとってこの2年間、最も重要な取材テーマです。
 酒で大失態を演じた私が、反省を心に刻み決意を新たにするのに、この場所を毎朝走ることがふさわしいと感じています。これからも受診とカウンセリングで酒、躁うつ、アスペルガーに向き合いながら、記者の本分を尽くしたいと思います。

#酒 #うつ #エッセイ #ジャーナリズム #私は真実が知りたい

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