【富と所得の分配理論】ピケティーを批判するラヴォア、パシネッティー定理の動学モデル化。などなど…
今書いている別の記事が、思ったよりもボリュームが大きくなってしまっており、しかも並行して英語でも書いていますので、時間がめちゃくちゃかかってしまっています。そのため、少し箸休めてきな感覚で簡単にできる記事を書いてみました。本記事は、ピケティーの有名な「r>g」を批判するラヴォアから始まり、富と所得の分配に関してパシネッティー定理を通して考察していきます。
ピケティーの主張はなぜ疑わしいか?
ピケティーの「21世紀の資本論」で主張された有名な「r>g」に関して、ラヴォアが2022年に出版された「Post-keysian economincs New Foundations 2ed」で批判的に触れている。以下が内容である。
DeepL翻訳↓
「Thomas Piketty(2014)の研究を契機に、これまで俯瞰的な労働を除き、主に注目してきた機能的所得分配を超えて、個人所得分配や社会階層内の富の分配の研究に再び関心が集まっている。ピケティの研究がポスト・ケインジアンの注目を集めた理由の一つは、彼が基本的不平等と呼ぶ利潤率がGDP成長率よりも高い場合、r>gとなり、「相続した富が生産と所得よりも速く成長することが論理的に成り立つ」(同書26頁)とし、「資本主義は自動的に任意かつ持続不可能な不平等を生み出す」(同書1頁)と含意したことであった。しかし、ポスト・ケインズ理論においては、これは疑わしい主張である。少数の投資家への富の集中がますます進む中で、不平等が上昇する必要はないのである。」
とのことで、ピケティーの主張に疑問を呈しているのである。さて、問題はなぜピケティーの「r>g」が疑わしいのであろうか?軽く論証してみよう。
簡単な論証
まずは、パシネッティー定理が何だったかを思い出す必要があります。この定理は「労働者が貯蓄し、富を持ち、さらにその富から利潤収入を得れるとしても、長期的には彼らの貯蓄性向は分配に影響を与えることができず、資本階級が分配を支配する」といったものでした。詳しい説明は以下の記事より読んでください。
この定理よりわかるのは、長期的に「r>g」となるのは、ケンブリッジ方程式より明らかだが、これは分配の継続的悪化を示していない。理論的で抽象的ではあるものの、ピケティーの主張とは相反するわけである。ラヴォアは、パシネッティー定理を軽く紹介したのち、教科書内で以下のように続ける…
DeepL翻訳↓
「この結果は、労働者の意思決定がマクロ経済の利潤率に影響を与えないように見えるので、逆説的に見え、Pasinetti paradoxと名づけられた。しかし、この結果は長期的な定常状態においてのみ成立することに注意しなければならない。(省略)…短期的には、労働者の貯蓄性向は重要である。また、収益率の差異をどのように導入するかによって、パラドックスが消滅する場合もある。いずれにせよ、(6.2A)式は、利潤率が経済成長率より高い場合でも、再解釈されたケンブリッジ方程式を検証すると、ピケティの主張とは対照的に、富の分配は安定的に保たれることを示している。」
だそうで、ピケティーの主張をパシネッティー定理をもって否定した。しかし、単純に「パシネッティー定理」だけを用いてピケティーの主張を否定するのはいささか横暴だろう。ラヴォア自身が語るように、これは「長期」の話であり、短期では違うかもしれない。また、パシネッティー定理はいくつか無理のある仮定(完全雇用など)を置いている。そこでカレドアの分配理論より、過程を緩めつつ、より丁寧に動学的に調べてみることにしよう。
パシネッティー定理とネオ・カレツキアンモデル
では、パシネッティー定理を動学モデルで仮定を少し緩める。ここでは完全雇用を仮定しないし、資本ストックもすべて投入はされない。
次に、モデルは一財一価の経済で、価格はターゲットリターン型を想定、資本係数は「1」とする。経済主体は民間のみ、労働者と資本家の二者である。労働者は賃金収入と利潤収入を受け取り、資本家は利潤収入のみを受け取り、両者が投資した資本ストックは同じ利回りを稼ぐとする。両者の貯蓄は必ず資本ストックの増加へつながり、資本ストックは利子を稼ぐ。労働者に関する変数は「W」が付き、資本家は「c」が付く。例えば$${\Pi_W}$$であれば、労働者の利潤収入を表し、$${\Pi_c}$$であれば資本家の利潤収入である。では、国民総所得は…
$$
Y=W+\Pi \\ Y=C+I \\ \Pi=\Pi_W+\Pi_C \\ C=C_W+C_C
$$
と表せる。この時、「W」は総賃金収入である。次に資本ストックは…
$$
K=K_W+K_C \\ \frac{K_c}{K}=k_c \\ \frac{K_W}{K}=(1-k_c)
$$
次に、利潤率(利子率・利回りともいえる)は以下のとおりである。
$$
\frac{\Pi}{K}=r\\r=\pi{u}
$$
資本係数が「1」であるため、稼働率は「$${u=\frac{Y}{K}}$$」であり、純利益マージンは、ターゲットリターン型価格決定を使用しているため、目標稼働率達成時に目標利潤を稼ぐ、よって…
$$
\pi=\frac{r_n}{u_n}
$$
と、利益マージンを定義できる。$${r_n}$$は目標利潤率、$${u_n}$$は目標稼働率である。では、次に貯蓄の定義である。
$$
S=W+\Pi-C \\ S=S_W+S_C \\ S_W=s_w(Y(1-\pi)+(1-k_c)\pi{Y}) \\S_C=s_ck_c\pi{Y}
$$
均衡条件として、貯蓄と投資は等しいくなければいけない。よって、貯蓄による資本ストック増加と投資による資本ストック増加は事後的に一致する。したがって、以下の式が成立する。
$$
\frac{I}{K}=g \\ \frac{S}{K}=\sigma \\ \sigma=g
$$
投資は、標準的なバドゥーリマグリン型投資関数を使用する。投資は期待の稼働率$${u^e}$$を元に決定される。
$$
g=(u^e-u_n)\gamma_u+\pi\gamma_{\pi}
$$
期待の稼働率は以下のような調整過程をへる。「t」は時間を表し、「β」は調整速度である。
$$
u^e_t=\beta(u-u^e_{t-1})+u^e_{t-1}
$$
定常地点は$${u^e=u}$$となっていることである。では、これにてモデルを構築できる。
短期均衡とカルドアの分配
上記の定義より、資本ストックの増加率は…
$$
\sigma=s_{c}k_{c}\pi{u}+s_{w}\left(\left(1-h\right)u+\left(1-k_{c}\right)\pi{u}\right) \\ \sigma=u(s_w+(s_c-s_w)\pi{k_c})
$$
と、書ける。$${\sigma=g}$$は常に達成されなければならないが、それは定常地点$${u^e=u}$$に経済が収束することを保証しない。経済が定常地点に収束するには以下の条件が達成されている必要がある。
$$
\frac{\partial g}{\partial u^e}<\frac{\partial{\sigma}}{\partial u}
$$
この条件は、「ケインジアン安定条件(Keynesian Stability Condition)」と呼ばれる。では、ケインジアン安定条件が達成されており、経済が定常地点に収束したなら、その時の稼働率は以下の通りである。
$$
u^*=\frac{\pi{\gamma_{\pi}}-u_{n}\gamma_{u}}{s_{w}+\left(s_{c}-s_{w}\right)k_c\pi-\gamma_{u}}
$$
これが短期均衡の定常地点である。グラフで書くと…
赤線が投資、青線が貯蓄を表し、均衡は両者の交わる点である。縦軸は成長率であり、0~0.3まで表示されている。横軸は稼働率であり、0~1まで表示している。
短期であれば、労働者の貯蓄性向も経済に影響を与える。労働者貯蓄性向の低下は稼働率と成長率と利回りを低下させる。資本家の貯蓄性向も同様である。
長期均衡とパシネッティー定理
さて、問題は長期である。このモデルにおける長期均衡では、パシネッティー定理は成立するのだろうか?
長期均衡では、ストックの調整も完了している必要がある。モデルのストック変数である$${k_c}$$の定常地点を調べるには、$${k_c}$$の対数を取って時間で微分する必要がある。こうすると…
$$
\hat{k_c}=\hat{K_C}-g
$$
$${k_c}$$の変化率を求められる。上記の式がゼロになるような地点がストック変数の定常地点である。$${K_C}$$の変化率は、資本家の貯蓄額を$${K_C}$$で割ったものである、したがって…
$$
\hat{K_C}=s_c\pi{u}
$$
となる。では、長期均衡における稼働率(長期均衡稼働率)は以下の通りとなる。
$$
u^{**}=\frac{\pi{\gamma_{\pi}}-u_{n}\gamma_u}{\left(s_{c}\pi-\gamma_{u}\right)}
$$
さて、もうすでにパシネッティー定理に近しいものを導出できている。長期的に資本ストックの調整が終わる時の稼働率は、労働者の貯蓄性向から独立している。さて、このような長期均衡が達成されている時の$${k_c}$$はどのような値を取るだろうか?それは以下の式を$${k_c}$$で解くことで求められる。
$$
u^*=u^{**}
$$
なぜなら、長期均衡が達成されている状態であれば、短期均衡も長期と同じ値を取っている必要があるからである。では、上記の式は…
$$
\frac{\pi{\gamma_{\pi}}-u_{n}\gamma_{u}}{s_{w}+\left(s_{c}-s_{w}\right)k_c\pi-\gamma_{u}}=\frac{\pi{\gamma_{\pi}}-u_{n}\gamma_u}{\left(s_{c}\pi-\gamma_{u}\right)}
$$
である。ではこれを$${k_c}$$で解くと…
$$
\frac{s_{c}\pi-s_{w}}{\left(s_{c}-s_{w}\right)\pi}
$$
となる。少しわかりやすくするために、グラフで示してみよう。ラヴォアの教科書より引用する。
さて、驚くべき…というか、面白いのは、長期均衡稼働率は労働者の貯蓄性向から独立していたのに、ストック変数はそうでない。ということである。長期的な資本家のもつ資産割合は、労働者の貯蓄性向に影響を受ける。労働者の貯蓄性向で微分してみると…
$$
\frac{\partial k_c}{\partial s_w}=-\frac{\pi s_{c}\left(1-h\right)}{\left(\left(s_{c}-s_w\right)\pi\right)^{2}} \\ \frac{\partial k_c}{\partial s_w}<0
$$
であり、一回微分は0から1の範囲で負である。したがって、労働者の貯蓄性向が増えると、資本家の持つ資本ストックは相対的に減少する。
では、労働者の貯蓄性向が増えても$${u^{**}}$$は影響を受けないのに$${k_c}$$は減少してしまうなら、資本家の所得も減少しているといえる。これを理解するために、資本家所得をGDPでデフレートしてみよう。
$$
\frac{rK_c}{Y}=\frac{s_c\pi-s_w}{s_c-s_w}
$$
これが表すのは「GDPの中にどれだけの割合で資本家の所得が含まれているか」である。当然、上記の値は、労働者の貯蓄が増えれば増えるほどに小さくなる。上記の式を、横軸を労働者貯蓄性向、縦軸を資本家の収入割合でグラフ化してみるともっとわかりやすい。
まず、これが長期的な関係である事に注意したい。このように労働者の貯蓄性向は明らかに資本家所得を悪化させる。しかし、利潤率には一切の影響を与えられないのだ。
ということで、動学化されたパシネッティー定理からわかるのは「長期的な利潤率は労働者から独立しているが、富と所得の分配はそうではない」ということである。これはラヴォア自身も教科書で触れている。
DeepL翻訳↓
「このように、労働者の貯蓄性向は、長期的な均衡では利潤率に影響を与えないが、経済が時間的に収束する富のシェア(ストック)、所得のシェア(フロー)に関しては、重要な役割を担っていることがわかる。」
結論
結論として、不完全操業と不完全雇用を仮定し、労働者が利潤を稼いだとしても、長期的な成長率と利潤率の関係は…
$$
r=\frac{g}{s_c} \textup{つまり} \\ r>g
$$
このケンブリッジ方程式に収束する。しかしながら、長期的な富と所得の分配は労働者にも左右される。したがって、長期的にも利潤率は資本の成長率よりも高い値を取っているが、ピケティーの言うような継続的な不平等を生むことは無いため、ピケティーの主張は理論的には正しくない。
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