「旅路」
静けさの中で
森は緑に色付き
スミレや菜の花 勿忘草も
次々に蕾を開いた
そんな光景を見るのが
彼女には何よりの
贅沢な時間で
心は一段と弾むのだった
風がそよぎ
揺れるともなく
揺れる樹木
うたう小鳥たち
切り株のベンチに座って
彼女がページを走らせているのは
漱石の『明暗』だった
ああでもない
こうでもない
果ては
ひょっとして
思惑
警戒心 猜疑心 打算
自惚れ プライド
嫉妬 保身
エゴ
そして
愛
100年以上前の物語に
重なる人間模様
かくも人は
変わらない重たさと
変わり行く軽さと
善と悪
その絶妙な隙間で
一喜一憂
ゆらり揺られて
思い思いに
我が道を歩いて
そうして互いが
どこかとても似ているような
それでいて
まるで違っているようで
それから
それから
見果てぬ境地へと向かう
とてつもなく長いようで
連なる刹那
今日もまた
旅路は続く
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