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「どうせ、あなたも裏切るんでしょ」からの旅


人との縁こそ宝物

この言葉は教員時代の私が、卒業生を出すときに贈っていた言葉だ。

子どもたちとの出会いは私を変えてくれたし、この言葉も好きだった。

ただ、敢えて言おう。


そんなの嘘だろって思ってた。




今でも忘れられない光景がある。

中学2年のある日、いつものように学校に行こうと友人と待ち合わせ場所に行った。すると、向こうから来た友人はものすごい形相で私をにらみつけた後、そのまま通り過ぎて行ったのだ。

喧嘩をしたわけでもない。
文句を言われたわけでもない。
自分の中に思い当たることはなかった。

転校したばかりでクラスに他の友人がいなかった私は、クラスで話せる人がいなくなった。

「私、なにしたの?」
「なんで怒ってるの?」
その言葉は結局、友人に届かず、そのまま、一度も言葉を交わさないままクラスも離れ、卒業してしまった。

私の何が彼女を傷つけたのか。
何がいけなかったのか


わからぬまま、私は友達を信じることをやめた。

楽しく過ごせたらそれでいい。



もう一つ。

社会人になって恋人ができた。
優しくて頼りがいのある人だった。
社会人になってすぐの、気負いすぎな私を甘えさせてくれた。

でも、ある日言われた。
「奥さんがいるんだ」
「家庭がうまくいってなくて」
「でももうすぐ子供が生まれるんだ」

その瞬間、今までの世界は反転した

優しかった恋人、
見抜けなかった私。


もう信じない。無理だ。


昨日まで話していた友達に無視されたあの日。
頼りにしてた恋人がいなくなったあの日。
友達だと思って話したことが次の日クラス中に知れ渡ってたあの日。

誤解だったのに泣くまで責められもう戻ってこなかった人。
陰でコソコソ傷つけてくる人。
信頼していたのに暴力で攻撃してくる人。


私は人を信じられなくなっていた。


友達は表面だけ。陰で悪口言われるから。
同僚には弱みを見せない。攻撃されるから。
恋人には頼らない。捨てられるから。
親には甘えない。避けられるから。


それでも、信じたかった

選ぶ小説やマンガの中で、主人公が仲間と切磋琢磨して成長する姿に憧れて涙した。


私は憧れていたんだ。

だから、新しい環境でスタートしたら認めてもらえるんじゃないか、と。

転校するたび、入学するたび、異動するたび、挑戦したつもりだった。


でも、ダメだった。
やっぱり裏切られた。

私は、つい数年前までこんな人間不信に陥っていた。


だから、私というパーソナリティで周りに認められたり、仲良くなったりするのは無理だと諦めた

スキルを上げる。身につける。必要なスキルがあれば必要とされると思って自分を磨いてきた。

「信用しない」といえばの伊黒さん。
スキル磨いてるのも伊黒さんっぽい。
(鬼滅の刃)



それでも、まぁ日常に困らないくらいはコミュニケーションとれたし、
なんとなく楽しいし。

ただ、結婚したけどうまくいかない。
私にパーソナリティの魅力がないんだもん、無理だよね。

私も信じてないし、信じてもらうなんて無理だし。


と、思っていたのだけれど。


4年前から、歯車は回り始めていたのかもしれない。


そんな私は、4年前に夫と出会った。
出会った時にはすでに離婚していたから、結婚への願望もなく、いろいろ諦めていた。


夫はすごく純粋で自分に正直でわがままだ。
最初、ものすごく戸惑った。

「なんでこの人はこんなに欲求をぶつけられるの?」
「嫌われるって思わないの??」


そんな夫が言い続けてくれた言葉がある。

「何もできなくていいよ。さよが居てくれたら」


嬉しい。ほわほわする。

伊之助推しの私。伊之助の変化に泣いてしまう…


だけど言われるたび、
いやいやいや…料理も洗濯もしなかったら私のいる意味ないっしょ」と本気で思っている自分がいる。

卑屈になる私に、何度でも言ってくれた。

「いてくれてありがとう」


恥ずかしいし卑屈になるけど、ちょっと嬉しい。
そんな毎日が日常になって、私は夫と結婚した。


私も徐々に、夫に気持ちをぶつけることができるようになっていった。


夫は、怒ることはあるけれど裏切ることはない。
怒るのは私が試すような行動をしたときだけだ。そしてその時はすごく悲しい顔をする。



信じてくれる人が画面の向こうにもいた


夫は優しく言ってくれるけれど、その言葉が信じられない自分。
嬉しいけど、体感できない自分。


そんな自分が出会ったのが『コーチ』という職の人だった。

コロナ禍になっていたのでオンラインだったけれど。

最初にセッションをうけたコーチのまーさん
「全力で信じて応援します」と言ってくれた。

そして、基礎コースで出会った仲間も、リードのこっちゃん・おかちゃんも、全身で話を聴いてくれた。


「何かにつけ込まれて裏切られるんじゃないか。」
「公開処刑されるんじゃないか。」
「大勢の前で恥をかかされるんじゃないか」
そんな気持ちが消えなかった。

だから基礎コースの私は難しい顔をして、知ったかぶりをして、疑うような質問をたくさんしていた。
(今に考えるととても失礼だけど、出しておく)


恐怖はあったけれど、場に出してみたら誰もそんなことしなかった。

むしろ「シェアありがとう」と言ってくれる。


びっくりするほど優しい世界だった。

同期のみんなも、こっちゃんもおかちゃんも真剣だけど笑顔が絶えなかった。
ランチタイムには一緒にお取り寄せをして、同じものを食べて笑った。

すっかり大好きなビリヤニは基礎コース思い出飯


こんな温かい場があるのかと衝撃を受けた。

そのまま基礎、応用ABと進み、プロコースを申し込んだ。

(その辺りの葛藤はこの辺の記事に書いているのでよかったら)



世界は優しかった

さまざまな葛藤を経て、私は2022年1月1日で転職した。

転職にあたっての面接時から、上司に一貫して言ってもらっている言葉がある。

「元気で居てくれたらそれでいいんですよ」



同僚や先輩も言ってくれる。

「居てくれるだけで役に立っているのよ」
「さよさんがいてくれるだけで安心感があるんです」



…なんでみんなこんなに優しいの?
私、何かに騙されているんじゃないかしら。

壮大なドッキリでまた裏切るんでしょ?
仕事できなかったら手のひらクルーってされるんでしょ?

前職だって体調崩したら手のひらクルーで役立たず扱いだったよ?

(もうここまで来るとギャグみたいだけど、本気だったので出しとく)


※ちなみに、上司は厳しい人だけれど、とても信頼しているので面談の時に「本当に居ていいんですか」と聞いたことがある。

上司曰く、
・やってきた経験が何より宝。
・身につけたり磨いてきたスキルは代え難い。
・教育に関しての熱意は本物と評価している。
・力を発揮できれば十分会社にとってプラス。
・ちゃんと寝て元気に来なさい。

ということだったので、ありがたく受け取っておく。
どこまでも『信じる』が怖い自分…

頼る、信じる体感


プロコースの旅は、信じる練習の旅だった。
たまたま集まった12人。

年齢も境遇も違う人たちと『同じ船の仲間』と言われても、最初は戸惑った。THE COACH Academyの心理的安全性は実感していたものの、5か月もの長い間一緒にいるのは初めてだ。

裏切られないか、引かれないか
ちょっとずつ心を預けて、自己開示して、セッションをしてワークをした。


ここで根底に流れていたのが【お互いの応援であること】というプロ9期のグランドルールだ。

初めましてのday1での全体対話。
12人をzoomで繋いで、司会もなしに話すなんて初めてだった。

その対話の中で出てきたグランドルールが【お互いの応援団であること】だった。


応援団であろう。

正直なところ、プロコース始まった当初は仲間も信じきれなかった(好きだけど、一方通行なのではなかろうかという不安)
ただ、中間ピットインでリードのこっちゃんと話した時『応援したい!』が湧いてきた。

そして私は応援団長であろうと決めたので仲間を心の中で全力で応援して、Slackや Twitterでコメントしていた。

その時に書いたnoteがこちら⬇️
(やっぱり仲間に憧れている『ジャンプ感』はシン★宝島号に通ずる)


そうしたら、気づいたら応援されているのは私も一緒だった。

私の挑戦も、仲間が応援してくれた。



私は一人じゃなかった。


今の私は人生で初めて、頼ることを知った。


人に体と心を預けても大丈夫って思えた。

例えるなら、組体操の上に立つような感覚

現実世界で、背の高い私は組体操でいつも土台の一番下だった。
地面以外は見るものも信じるものはなくて、ただ心を無にして耐えていた。
この経験は我慢して生きる、につながっていたのかなぁ…?


一人で立つのは怖い。

もしも倒れたら?落ちたら?
考えると止まらない。

でも、みんながいる。
倒れてもきっと受け止めてくれる。
きっと支えてくれる。


挑戦してみようかなと思える今

未完了の完了

『幸せのドングリを集める中トトロ』というビジョンと、今の自分を照らしたとき、自然でいたいという願いが沸いた。

自然でいたいのに自然でない私。
私の中で、それは薬を飲み続けていることだった。
薬が悪いわけではない。私も助けられてきたから。

私は数年間の抑うつと睡眠障害と共存していくため、抗うつ剤と抗不安薬と睡眠導入剤を飲み続けていた。

夫と出会い、コーチングと出会って私は確実にいいほうに変化していた。体感的には薬を必要としていなかったので、「もう飲まなくてもいいのでは」という思いはあるものの、飲まないと離脱症状が出てしまうので飲まざるを得なかった。

<離脱症状とは…>
神経に作用する系の薬(抗うつ剤など)を長期に飲んでいた患者が、急にやめると、神経回路を出入りする情報伝達物質の量が急に変化して起こる体の変化のこと。
めまい、たちくらみ、冷や汗、動悸、手足の震えなどがある。
そのため、やめ方も医師の指導の下で慎重に進める必要がある。
※私の体感と主治医の話をまとめた、自分の理解

でも、自分で立つために。
一歩踏み出したくて9期の仲間たちに打ち明けた。

・長期にわたって薬を飲み続けていること
・体調も良くて、薬を抜く決意をしたこと
・離脱症状があって少し体調に変化があること
・しんどい時には弱音を吐くかもしれないということ

仲間の中でも急にカミングアウトされて驚いた人もいただろうけれど、応援してくれた。

<注>コーチングは医療行為ではないので、精神疾患のある人は基本的にコーチングを受けられません。けれど、私の場合は主治医から「問題ない」と言われていたし、コース受講前にリードやTHE COACHの相談医の許可も得ていたので受講できています。精神疾患のある方は、主治医にご相談を!精神疾患を持つすべての人がコーチングサービスを受けられないというわけではありませんが、医療行為ではないことやカウンセリングと違ってある程度負荷のある作業だということをご理解ください。

倫理対話のテーマにも

プロコースということもあり、コーチとしての倫理規定についても学ぶのだけれど、その個別事例として私の状況もリソースとして使ってもらった。

上の<注>に書いたことは、私の事例を踏まえてコース内でも確認した事柄。

驚いても、うまく言葉にできなくても、うなずいてくれる仲間に力をもらった。

そして私はプロコース終了とともに抗うつ剤と離れることができた。
最大で6種類飲んでいた私が、今は1つだけ。
一番離脱症状のきつい、抗うつ剤と離れたことも自信になった。

一人ではできなかった。
仲間がいるから頑張れた。

私は心から、仲間がいてよかったと思った。
この人たちを大事にしたいと思った。


25年越しに友人と出会う

このnoteを公開する前、下書きの段階で、プロコース最後のガチコーチングがあった。

コーチのひろのさんに、noteを書きながらぶち当たった過去のことや組体操の気づきを話したら、
「もしその時の同級生に会えたら何をぶつけますか?」と問いをもらった。

その瞬間、かつての同級生の顔が怒っている表情のままで鮮明に再生された。
言葉と涙が溢れる。

「私、何かした?」
「何があったの?」

泣きながらそんな言葉をぶつける私を見ながら、ひろのさんはフィードバックをくれた。

「もしかしたらお友達側の状態が悪くて、相手を傷つけない最小限が『無視』だったのかもしれませんね」

目から鱗だった。
絶対に私に非があるから無視されたんだと思っていた。

25年も経って、今更と思うかもしれない。
そんなの友達の本心かはわからない。
あくまでもコーチの直感だ。

でも、確実に私の心は軽くなった。

と、同時に、あんなにも鮮明だった友人の顔はすごくぼやけて思い出せなくなった。




この5ヶ月のプロコースで私を支えてくれた仲間たち、同僚、そして大事な夫。
ありがとう。


私は人を信じている。

その人の可能性も、未来も。


人との縁こそ宝物

今の私は全身で体感している。
だからそこに嘘はない。


過去は変えられないし、傷ついたのも事実だけれど、だからといって未来まで卑屈になる必要はない。

今ここに、今の私がいること。
仲間がいること。
夫がいること。

応援してくれる人がいるって心強い。




Special thanks
夫、同僚、上司
ひろのさん、ゆみえさん
シン★宝島号の仲間たち
こっちゃん、さきえる
おかちゃん、たにさん
基礎9期と応用AB6期の仲間たち
コーチングのクライアントさん
めいさん、ゆうとさん、まーさん
過去の私


ここまで読んでくださってありがとうございます😊

今のあなたを信じてくれる応援団長はいますか。

私が応援団長します。
スタバチケットでコーチングセッションを提供しています。

こちらからどうぞ💁‍♀️



そして今日、2022年9月9日(9期の日!)をもって、私たち12人のプロコースの旅は一旦完了します。

(この投稿も9月9日9:00にするんだ。ふふふ)

この『ボン★ボヤ』マガジンもいったんおしまい。

ただ、私たちの旅は続きます。
コーチングを学んでいたり、受けていたりすると一年は激動なので(このマガジンで私たちの半年を読んでくださったら分かると思います)、一年後にどこにいるかはわかりません。

このマガジン内でも新たな旅や新たな未完了の宣言をした仲間もいます。


プロコースが終わる時にみんなで約束したことがあります。
それは、

・未完了の完了に挑戦する時はいつでもSlackに投稿しよう
・お互いの応援団であり続けよう

・また会おう!!!

再会の時は一年後。
2023年の9月9日夜9時(やっぱり9期の日!!)。

その時、どこで何をしていても、また私たちは励まし合える関係な気がします。

そのくらいプロコースの縁は素敵なので、プロコースが気になっている人はぜひドアを叩いてみてください。

そして、私たちの『ボン★ボヤ』も、続編が出るかもしれません。
今回のnoteに書ききれなかったこと。
新たな未完了の完了。
新たな旅立ち。
ただ、思い出したことも。

その時にはまたここでお会いしましょう。

Bon voyage!!!

私たちがお送りしました!!!
ひろのさんの『ボン★ボヤ』マガジンから引用)
『シン★宝島号』、完!!

(…あれ?よく見ると…??)

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