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音なき音と優しさと

生産性なんてな無いと思ってた。あの頃は…


北の街の二月には、晴れ渡る青空よりも、少し寒さが和らいだ雪時々曇り、そんな朝がいい。

湿った雪がしんしんと降り続く音無き音。
湿度が窓を曇らせて、この部屋は打ち捨てられた様に静かだ。
彼女と足を絡めながら、狭いベッドで天井を見上げて過ごす。
時折、その髪の匂いを嗅ぐ。
少しだけタバコの香りがする。
彼女はタバコを吸わない。
それだけ、この部屋で長い時間一緒にいることの証拠だ。
それでも彼女の柔らかな香りは、呼吸をする度にやさしく感じられた。

タバコとコーヒーが欲しいけれど、今起きると目を覚ましてしまうだろう。
どのくらい、おれたちはこうしてベッドには居るんだろう。
多分、丸一日くらい。
そのほとんどの時間、ただ何もせず裸で抱き合っているだけだ。
ぽつりぽつりと話をする。
初めて聞く話から、今までに何度となく話した話まで。

外に出かけるわけでもない。
何かを創り出すわけでもない。
まして、誰かの役に立つことなんて…
それでも人肌のぬくもりに癒されて、その感覚を心に刻んでいたのかもしれない。
ゆうなれば、優しさを自分の中に生産していたんじゃないだろうか。

何を話したかなんて、今じゃすっかり忘れてしまったけど。
あの日あの時のカケラみたいなものは、おれの今に繋がっていて。

誰もがそんな思い出に支えられ、なんとか優しさを紡ぎ出している。
隣のベッドで妻がわりと大きめの寝息を立てている。
今日の天気は曇り時々雪。
あの時とは違い今日は仕事が待っている。
でももう少しだけこのまま天井を見上げていよう。
妻の寝息を聞きながら、優しさを心の中に生産してみようか。
出来れば、一週間分くらいはつくれたらいいのだけれど。

#エッセイ #2月 #ベッド #優しさ #思い出 #小説


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