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冬はやさしく告げられる

この街には雪が降る。
そしてこの街の秋の終わりと冬の始まりは、初雪が告げる。

毎年11月も近づきこの時期になると、地元TV局の番組では、頻繁に初雪の話題がニュースとなる。普段の会話でも、やれ峠に雪が降っただの、雪虫を見ただのと話題にあがることが多い。
北の街で暮らしていると、雪は生まれた時から身近な存在だ。
そんな人々にとっても、この初雪だけは、毎年どこか新鮮な驚きと嬉しさがあるものだ。
年甲斐もなく少し心がときめいたりするのだ。

目の前のいつもの景色が、ある日突然、別世界に変る。それを目にする感覚はどこか神秘的で、全てが白色に染まり、空気の肌触りや匂いまでも白に溶け込むようだ。
朝起きると部屋の様子が何かいつもと少し違う…
ふと、そんなふうに不思議と気がつくのだ。
カーテンを通して入ってくる陽の光が、昨日までとは違うってことに。
確信にちかい感覚でカーテンを引くと、そこには真っ白な世界が広がっている。
路も、建物も、バルコニーの手すりも。そして空は分厚い雪雲のグレーで覆われている。音まで雪に閉じ込められたよう。
そんな初雪の朝は、少しだけ神聖な一日に感じられる。

初雪には皆、思い出の一つ二つ胸にしまっているんじゃないだろうか。
そんな思い出たちを、初雪を見るとそっとまた胸から取り出すのだ。

当時付き合っていた彼女と街で映画を観に行った。侵略しようと攻めてきた宇宙人を、地球の人々が一丸となって追い払う、そんな今話題の映画。デートには頃合いのお話。
映画を観終えて出てくると、そこは一面真っ白な街に姿を変えていた。入る前とは別世界。人類が未知の生物と戦っている間に、北の街にはハラハラと雪が降っていたらしい。
映画のことなんかすっかり忘れて、二人手を繋いで笑いながら歩いた。靴が濡れるのも気にせずに。

仕事仲間と会食。二次会の場末のスナックでカラオケを歌い、日付が変わった頃にその店を出ると、嘘みたいに雪がシンシンと降り積もっていた。
その場の皆んなが驚き、顔を見合わせて大笑い。いい大人が転びそうになりながら「お疲れさま」と手を大きく振りあった。
そんな笑い声が、そこここビルの前から聞こえる。ドレスを着たホステスさんのお見送りにも笑い声がまじる。ネオンが雪に反射して、いつもよりも華やかな夜の街。
毎年冬を迎える前、必ず初雪を経験するのに、雪国の人間にとっては特別な瞬間なのだと思う。
その瞬間は、これから長い冬へと向かう前のちょっとした神様からのご褒美なのかもしれないな。
まあその後、解けては積りを繰り返しながら根雪となって行く。
その頃には長い長い冬の日を思い、やれやれな思いで眺めることになるのだが。
冬が終わりを告げる雪解けの時期を心待ちにして。

#エッセイ #雪 #冬 #思い出 #暮らし #神秘的

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