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「文字」が古代社会の構造をつくった

 「文字」は、統治者が再分配する作物を管理するための記号として創られ、やがて「声の言葉」をアウトソースする「道具」となり、ヒトとヒトの距離と時間を越えてつなぎ伝達する「広域情報ネットワーク・プラットフォーム」に転じてゆく。


●広域情報ネットワーク・プラットフォーム「文字」が生み出したもの

 古代エジプトにおいて「文字」は王国運営の「道具」であると同時に、その上で様々なアプリケーションを動作させる広域情報ネットワーク・プラットフォームとして機能する[1]。

【新たな職業】
 王国の運営にかかわる神官、中央/地方の役人、宮殿や神殿の建築家、医者は、「文字」によってのみ成立する職業だ。この他、王宮や神殿の壁面にヒエログリフ(神聖文字)を刻むためのデザイナー、彫刻家、画家が専門職として新たに生みだしていく。

【教育機関と教科の拡大】
 「文書」を媒介とする統治機構が整えられると、その維持のために「文字の読み書き」に熟達した多数の「書記」が必要となる。「書記」の能力向上は、王国の統治能力を向上する。「文字の読み書き」を訓練し、書記や神官や行政にかかわる役人たちを養成し、「書記」としての肩書きを確かなものとする機関として神殿内に「学校」が整備される。「学校」はやがて「文字」だけでなく、エリートとしての姿勢、作法、王宮や神殿の建築や測量にかかわる計算、管理・監督法にいたるさまざまな教育を行う機関となっていく。

【エリート階級の区画化】
 難解な「文字」の読み書きを学ぶためには、裕福な家庭に生まれ「学校」に通う必要がある。結果、「書記」という肩書きをもって仕事つくことができるのは1%のエリートに限られ、生産に従事する国民との間に極端な貧富の差を生んでいくという連鎖が始まる。また、エリートのなかでも、より優秀なものがより高い地位を獲得する序列が生まれ、遺産の継承によりさらに越えられない壁をつくる。神の言葉であるヒエログリフ(神聖文字)はさらに難解であり、それを扱える王や神官を神と等しい地位に高める。

【技術開発:算術、医術の誕生】
 川の氾濫規模・時期の予測、建築や測量、税の帳簿管理などの計算法、医術が発明され、「文字」によりそのレシピを継承し、学び、新たな技術を生み出すというサイクルが構築される。

【道具の発明】
 技術の発展は、「文字」をプラットフォームとするアプリケーション(道具)の発明を促す。

・暦[2]
 1年を365日とする「太陽暦」は、シリウスとナイル川の氾濫の関係の観測から生まれる。シリウスがひときわ輝く周期が365日であり、ナイル川の氾濫を予測し、税の計画をたて、また神託を下すための「時」の基準を定式化。

・十進法
 帳簿の作成や記録。税の徴収や分配、その帳簿の作成や記録、川の測量や予測などの算術を筆算で行うため数字の扱いを定式化。

 部族が集まり小規模な王国となり徐々に拡大するにつれて、「職業」⇒「教育」⇒「エリート化」⇒「技術開発」⇒「道具の発明」というサイクルを回しながら、「文字」のネットワーク・プラットフォームを拡大し、王国を巨大化し、その運営を複雑化してゆくこととなる。

参考文献:
[1] ペネロペ・ウィルソン(2004), "聖なる文字ヒエログリフ", 森夏樹訳, 青土社
[2] 宮崎正勝(2002), "モノの世界史 --刻み込まれた人類の歩み", 原書房




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