「書く言葉」で得たこと、失ったこと
ヒトは「書く言葉」を発明したことにより、要素に分解して再構築する論理的な思考法=科学的な思考法を手に入れた。
●「声の言葉」の語り手と聞き手の思考
「声の言葉」を操る語り手は、過去の常套句や慣用句、ことわざ、語りを用いるためにあらゆる知識を記憶する。さらに聴衆を惹きつけるアーティストとしての感性をもって、劇的な手法(抑揚・身振り・表情・言い回し)を効果的なタイミングで使い分ける技能を訓練し語りかける。
「声の言葉」の聞き手は、周囲の環境、聴衆の雰囲気、劇的な音響や視覚的刺激を「視聴覚」からの「イメージ」、「情動的な感情」として受け取り、それに乗った「声の言葉」の「認識(意識)」と、過去の演説の「経験」の「想起(意識)」のすべての相互作用を統合してひとつの全体として「暗唱」し、新たな「経験」として「記憶」する。
●「書く言葉」の書き手と読み手の思考
新しい「道具」が利用される時、五感と脳内の相互作用に乱れが生じる、これを補うためにホメオスタシス(恒常性)が働き、脳内のバランスを整える新たな相互作用のパターンを編み出す。
「書く言葉」の書き手は、周囲の環境、聴衆の雰囲気、劇的な効果のすべてを「言葉」として表現する必要があり、聴衆のいな沈黙の環境で「書」との孤独な対話を行う。自己の内なる「語る言葉」を、「論理的」な「思考(意識)」で等質な単位に分解し、その分解した部分を「編集」して全体として「書」に配置する。「書」に配置した「書く言葉」を客観的な読み手として読み返し「認識(意識)」し、「論理的」な「思考(意識)」により矛盾がないか、重複した記述がないかを吟味し、「再編集」して配置する。
「書く言葉」の読み手は、語り手のいない沈黙の環境で、何ら音響装置もないままに「書」との孤独な対話を行う。「書」を黙読し静寂を聞き、「書」の「文字」のみを見て直接「認識(意識)」した後に、「論理的」な「思考(意識)」により意味を翻訳・理解するとともに、必要に応じて「感情」や「イメージ」に翻訳する。これらの理解、感情、イメージの相互作用を統合してひとつの全体として「認識(意識)」し、新たな「経験」として「記憶」する。視覚に翻訳された「経験」は、等質的な単位に分解し「再構成」でき、それらを編集して合理的に理解することができる。「書く言葉」に「暗唱」としての「記憶」をアウトソースすることにより、感情の一体化、記憶のための心的エネルギー消費を抑えることができる。
「書く言葉」は、論理的で記述的な思考方法を我々の「脳」にきざむとともに、それと気づかないうちに、「声の言葉」の劇的な表現とともに、暗唱的な「記憶」能力、美意識による「直感」、論理的に記述しがたいアーティストとしてのバランス感覚をも抑圧してゆく。
参考書籍:
[1] エリック・A・ハヴロク(1997), "プラトン序説", 村岡晋一訳, 新書館
- Eric A.Havelock(1963), "PREFACE TO PLATO", Harard University Press
[2] M.マクルーハン(1986), "グーテンベルクの銀河系 :哲学人間の形成", 森常治訳, みすず書房
- Marshall McLuhan(1962), "The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man", University of Toronto Press
[3] アントニオ・ダマシオ(2019), "進化の意外な順序", 高橋洋訳, 白揚社
- Antonio Damasio(2018), "The Strange Order of Things: Life, Feeling, and the Making of Cultures", Pantheon
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?