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反対意見ほど誠実に述べる

Twitterをやっていて、たまにとても嫌な気分になることがある。
それは、自分の意見に対して反論が来る時だ。。

と思っていたのだけれど、どうもそうではないことに気がついた。

反対意見や、違う視点からの意見があるのは当然だし、
そこから新たな発見をすることがある。
これは決して不愉快なものではないということに気がついた。

じゃあ、どんな時に不愉快なのかというと、
それは、こちらの敬意を払ってもらえなかった時だ。

見ず知らずに人から、いきなり馬鹿にされたり、
なんの配慮もなく、暴言を吐かれた時だ。

おなじ反対意見でも、きちんと配慮をされている場合には、
ああなるほど、そんな意見もあるんだなあ、と思う。
しかし、暴言を吐かれると、
「なんだこいつ!なんでこんなこと言われなくちゃいけないんだ!」
と、怒りが先に立つことから、全く受け入れることができない。
その意見は到底受け入れがたいものになる。

SNS上のやり取りではありがちなことなのだけれど、
とても悲しい気分になる。

みんなが相手に配慮できるようになれば、建設的な議論に発展する可能性もあるだろうけれど、罵りあいになってしまったのでは、気分が悪いだけで、時間とエネルギーの無駄になってしまう。

でも、これはSNS上だけのことではない。
リアルの場面でもとても大切なことだと思う。
社内でのパワーハラスメントや、
お客さんが店員に対するカスタマーハラスメントなど、
すべてのこの構図になっている。

罵っても、物事はいい方向へ向かわない。
実のある話し合いにはならない。
ただ、嫌な気分が残るだけだ。

相手を言い負かして、一時的にはスカッとするかもしれないが、
良い人間関係を作ることは不可能だし、
長期的に見て、自分にメリットがあるとは思えない。

やはり、相手に対しての配慮、敬意を持つことは必要だ。
たとえ、それが反対意見であってもだ。
いや、反対意見だからこそ、配慮が必要なのかもしれない。

自分がうつ状態に陥って、そこから這い上がってくる過程で考えたことなどを書いています。自分の思考を記録しておくことと、同じような苦しみを抱えている人の参考になればうれしいです。フォローとスキと、できればサポートをよろしくお願いします!