「あなた」が生まれる前、あなたは何だったのか。「あなた」が死んだ後、あなたは何になるのか。|「みんな、ただ、生きてる(笑)」を味わうシリーズ
「なんでもいいんだよ。みんな、ただ、生きてるだけなんだから(笑)」
という超シンプルな気づきに出会ってから、何が変わっていくのかを深めていこうシリーズです。
この気づきとの出会いは以下記事参照
*
「あなた」が生まれる前、あなたは何だったのか。「あなた」が死んだ後、あなたは何になるのか。
これ、考えたことありますか?
誰かから聞いた話、教義から持ってきた教え、昔からの言い伝えといった噂の類を全て放棄し、厳密に、ゼロから、考えてみたら、この問いに対する答えは何になるのか。
私の答えは、
生まれる前も、生まれてからも、死んだ後も、あなたも私も、「生命そのもの」でしかない
です。
では、今から「私」が生まれたところまでまず遡ってみましょう
それは、誕生日ではありません
なぜならその時、私にはまだ「私」という自意識がないからです
私はなぜか、幼少期の記憶がほとんどありません
「私」の最も古い記憶は、幼稚園の帰りのバスで寝てしまった時、誰か他のお母さんに抱っこをされていた時の心地よい記憶です
それ以外の幼少期の記憶がほとんどないのですが、なぜかそれだけ覚えています
記憶違いもあるかもしれません
しかし少なくとも3-5歳あたりでは「私」という自意識は存在していたのだと思います
では、3歳未満はどうなのか?
「私」という自意識は存在していませんでした
つまり私は、3歳未満ではこの「私」ではなかった
単なる、身体そのものだったと言えそうです
その身体に、「私」という自意識が恐らく3歳あたりから生まれ、身体に付加されたようです
つまり、時系列で表すと、
と言えそうです。
では、私は、母の子宮から生まれ落ちる前、なんだったのでしょうか。
それは、親の精子と卵子です
では、親の精子と卵子である前はなんだったのでしょう
それは私の親の身体、つまりはそれを形成する自然物質そのもの(元素だの栄養だの)と言えます
つまり、私とは、
となります。
では、そんな父や母は何から生まれてきたのでしょうか
私と同じです。
父と母も私の祖父母の精子と卵子であり、祖父母の精子と卵子は元は祖父母の身体を形成する自然物質です
つまり、
となります。
こうして遡ると、無限に「自然物質」に還元されます
では、その自然物質とは何なのか?
私の両親や祖父母や先祖が自分の体内に取り込んできたあらゆる物です
それは空気もそうですし、食事もそうですし、その中にある栄養や、一方で細菌やウイルスも存在するでしょう
それは、この地球上に存在するもの、つまりはこの地球を含む宇宙そのもの、つまりは生命そのものと言えそうです
つまり、
となります。
では次に、「私」のこの先を見てみましょう
私は老いていくと自分に抱く「私」というセルフイメージも移り変わっていくでしょう
そして私がさらに老いていくと、もしかしたらある時から体も意識も衰弱し、「私は私である」という自意識すら失うかもしれません
つまり私は、「私が私であること」がわからなくなるわけです
しかし、私が私であることがわからなくなったとしても、私の身体はまだ生きています
その生きる私の身体は、私自身には意識されることはないですが、他者からは意識され得るでしょう
つまり、
となります。
その後はどうなっていくでしょう
いつの日か、この私の身体そのものは、呼吸を止めます。生きることをやめます
そして私の身体は腐敗していく物質へと切り替わります
つまりは、「死」です
私の身体の死に方にもよりますが、一旦私の死体は、私の親族が発見し、一般的な火葬で葬られるとしましょう
そうなると私の身体は燃やされます
そして、一部は骨として火葬後も残り、一部は灰となり処理され、一部は目に見える煙という形で空に消えていき、一部は目に見えない物質となります
つまりは、自然物質そのものとなるわけです。
しかし、これらの自然物質はこの世から消えるわけではありません。形も変わりますし、人間の目に見えなくなる部分も多分にありますが、全てはこの地球を含む宇宙空間に留まります
つまり、
となるわけです
さて、私には今、2人の子どもがいます。
その2人の子どもは、遺伝子鑑定をしていないので厳密にわかりませんが、恐らくほぼ確実に私と妻の精子と卵子から生成されました
私と妻の精子と卵子は元々は、ここまで私の親や祖父母からの流れを辿ってきたように、食物や細菌含めた自然物質です
一方、私の子供2人も私が辿るようなプロセスで、いつの日かいわゆる「死」を迎えます
その過程で、私の子供も自分の子供を持つかもしれません
ただその子供たちもまた、同じプロセスをたどり、最後は「死」を迎えます
つまりは私の子供も、その子供も、その子供の子供も、最終的には全て自然物質となります
つまり、
ということです
さて、この私の子孫の死後の自然物質は、私の火葬後の様子から見たように、一部は骨になり、一部は灰になり、一部は煙として空気に混じり、一部は目に見えない物質として、全てはこの地球を含む宇宙空間に留まります
つまりは私同様、私の子孫も全て、この地球を含む宇宙空間、つまりは生命そのものに含まれているといえそうです。
つまり、
となります。
さて、最初と最後を見てみてください
そうです。私が生まれる前も、私が死んだ後も、生命そのものなのです
しかし、よくよく考えてみてください
私は、いわゆる「身体の誕生」を経て、次にいわゆる「『私』という自意識の誕生」を経て、次に「『私』という自意識の消失」を経て、次にいわゆる「身体の死」を経ます
そのプロセスの中で、私は私という個人の存在を信じますが、どの段階でも、どの瞬間も、常に私はこの宇宙空間に含まれる生命そのものであったし、今も生命そのものであるし、これからも生命そのものであり続けるわけです
つまりは全て、「生命そのもの」なのです
つまりは、
なのです。
これだけなのです
何てシンプルなんでしょう
私は常に生命そのものであったし、今も生命そのものだし、この先も生命そのものです
これは主語を私から、あなたに変えても同じ結論に至ります
あなたも、常に生命そのものであったし、今も生命そのものだし、この先も生命そのものです
生命そのものしかないのです
この生命そのものは、瞬間瞬間、常に変化し続けています。
この、生命そのものの変化プロセスの中に、私たちが「私」「人」「生物」「星」などと呼ぶあらゆる個物が、自由自在に生まれては消えていくのです
しかし、それらは常に、生命そのものに含まれ、生命そのものとしての全体を保ち続けているのです
わー、すごい
わー、シンプル
わー、美しい
これはどんな教えからも、教義からも、言い伝えからも、力を借りていません
どんな噂の類もいりません
「この身体は、今、生きている」
というたった一つの、今この瞬間誰もが経験できる事実から導いただけです
つまりは、「なーんだ、みんな、ただ、生きてるだけじゃん(笑)。なんでもいいんじゃん(笑)」なのです
*
さてさて、これはあくまで、私自身の経験から導かれたものです
あなたはあなた自身の経験から、こうした問いの答えを導いてみてほしいです
なぜなら、自分の体験なしに、私がここで書いたことを信じようとするのは、それはあなたにとって噂の類でしかないからです
あなた自身の「今、この身体は、生きている」という紛れもない経験的事実から、全てを始めてみてください
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?