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すてきな女むてきな女⑤

ピザ屋さんを後にし、私達はハセショ(長谷川書店)へと向かった。ハセショまでは徒歩5分くらい。その間も話は尽きることがなかった。

又吉の担当編集者になるべく出版社に転職したなっちゃんだったが、配属先は経営本だった。となると担当するのは経営者ばかり。
『お前なら経営者でも対応できる。』
と上司に言われたそうだ。うん。納得。
ちょっと偏屈そうな妙齢の人、偉そうな若僧、はたまた人のできた人格者。どんな人だってなっちゃんなら懐に飛び込めるだろう。

事実、なっちゃんは本の出版を担当した経営者から誘われ、現在はその会社に転職。保育園の立ち上げから経営、そして自分がしてみたいと思う本にまつわる仕事をしている。
外へ出れない人の元へ訪問しコミュニケーションをとり、その人に合った本を選書する『杖、選書』なる事業を始めたり、1人の人からじっくり話を聴きその人の自伝を書いたり。
なっちゃんの中には山のようにアイデアとしたいことが溢れている。


ハセショは駅の改札を出てすぐ前にある町の小さな書店だ。

店員のネンさんは細身で目がクリクリしていておおらかな印象。怒ったところが想像できない。
小さめの柔らかな声でゆっくり話すので、沢山話すのに多弁な印象がない。むしろ物静かな感じすらする。
ふと思ったが、それは又吉にも共通しているかもしれない。沢山話しているのに物静かでおとなしいイメージ。
誰のどんな話も真剣に聴いて、丁寧に返す。誰のことも拒まない。
穏やかな不思議なオーラを漂わせている。
だからなんの用がなくてもなんとなく会いに行きたくなる。

町の小さな書店となれば、通常なら売れる雑誌や話題の新刊などが並べられている。しかしハセショは違う。何故こんなマイナーな書籍が?と思うものが小さな店舗の中にぎっしりと詰まっている。
レジ前の通路以外は人と人が行き来する事ができないくらい狭い。そんな通路にも整理しきれない本が積まれてあったり、置き去りになっていたり。
詩集や個人出版の本なども置かれていて、そこはまさに宇宙である。


なっちゃんとハセショに到着した。日曜日のお昼過ぎ、店内にはお客さんがいなかった。ネンさんの姿もなかった。

とりあえず私達は書棚を順番に見て回る。
うわっ平積みにスージー鈴木の本が!さすがのセレクト。と私はテンションが上がった。
なっちゃんは出版社出身なので作家さんや本のことに詳しい。
「〇〇さんの本がある!」
と私の知らない人の名前を挙げては、目を輝かせていた。

「ネンさんいてないなぁ。」
「ほんまやね。今日お休みかな。」
「ちょっと聞いてみる。」

店長のおじさんに私は尋ねた。
「今日、みのるさん(ネンさんの本名)はお休みですか?」
「ああ、みのる君。みのる君はねー今日はお休みやわー。」
残念ながらネンさんは日曜日がお休みのようだった。私がよく来ていた頃は違う曜日に休んでいたので、今日がお休みとは思わず確認していなかった。事前にネンさんに連絡しておけばよかった。
次回から日曜日以外に来よう、となっちゃんと約束する。

私たちはお店の奥の方へ行き、文庫本コーナーに移動した。
「むくみちゃん、私におすすめの本選んで。」
私はなっちゃんほど本に詳しくないので、緊張する。私の選書で大丈夫なのかドキドキする。
2人で文庫本コーナーの前で何十分も陣取り、お互いにこれまで読んだ本の話をしたり、その本の見解を述べたりしていた。

そして私はなっちゃんの本を、なっちゃんは私の本を選んだ。

私が選んだのは
林芙美子著 放浪記

なっちゃんが選んでくれたのは
三島由紀夫著 命売ります
トルーマン・カポーティ著 村上春樹訳 ティファニーで朝食を 

レジに行き、お会計をすますとお茶をしに行くことにした。
近所のファミレス系の和食屋さん。ドリンクバーを注文し、お母さんの話、本の話、恋の話、仕事の話、ありとあらゆる話をした。

「おばちゃん(私の母)には感謝しかないわ。いつも助けられてる。」
「こんなママになっても会いに来てくれて。」
なっちゃんは仕切りに、私の母への感謝を述べた。
なっちゃんのお母さんの様子を気にかけ時折訪問しているだけだが、なっちゃんはそう言ってくれる。
母のお節介も少しは役に立っているようで良かった。

きっとなっちゃんのお母さんが倒れる前によくしてくれてたからだよ。


なっちゃんは自分のママに対する気持ちを色々と話してくれた。
母娘といえどもその関係は色々だ。同性だからこそ分かり合える部分もあれば、同性だからこそ折り合わなかったり、許せない部分もある。

子供の頃は親は親でしかなかった。でも、ある年齢になると親を1人の人間として見ることができるようになる。
親の性格、社会的に見た親の状況、他人から見た親の印象。
無条件に受け入れられていたものが受け入れられなくなり、そしていつしかこの話は通じないと諦めたりもする。
親子の関係は子供が成長するに従って微妙に変化する。
でも、その根底にはどんな形であれやっぱり愛が残っている。


2人とも話している途中で会話があっちへ行ったりこっちへ行ったり。
ファミコンのアルカノイドのエナジーボールのようだった。会話にはなっているけど壁に当たるととんでもない方向へ行く。
結局、他の話は何をどう話したのか、正確なところは思い出せない。

なっちゃんの家で再会して以来、ゆっくり会うのは今回初めてだった。なのに気がついたら待ち合わせをしてから7時間くらい経っていた。
2人ともびっくりした。
またの再会を約束し、私たちは駅で別れた。


上の2冊:なっちゃんが私に選んでくれた

1人で本屋さんに行ったらきっと買うことのなかった2冊。

三島由紀夫は金閣寺や豊饒の海シリーズは読んではいたが、こんなポップな作品があったなんて知らなかった。死にた気持ちと生きたい気持ち。交錯する人間の心理がよく表れていた。

ティファニーで朝食をといえばローマの休日と並ぶヘプバーンの代表作。高校生の頃、ヘプバーンに憧れ部屋に大きなポスターを貼っていた。今まで原作を読もうと思ったことはなかった。
本を読んでいるとは思えないくらい情景が目の前に浮かび上がり、映画よりも良かった。なっちゃんがすすめてくれた理由がよくわかった。

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