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スポーツのお時間

残業帰りのサラリーマン。
 
「あ~、ほんと急な残業、止めてほしい」
「部長わかってましたよ、絶対。
 わかってて言わなかったパターンですよ」
 
「だよな。週休3日になったのいいけど、
 うちの会社、めっきり残業増えたな」
「仕事配分する人の、
 能力が追いついてない感じすね」
 
「なに?上司ディスり?」
「いやいやいやいや。
 誰だって急にシステム変えられたら、
 即対応できる人いないじゃないですか。
 変革はいいんですけど実効性じっこうせいともなわないと」
 
「まあな。でも今日だけは、
 残業なしにしてほしかった。
 もうWBC中継始まってるよ」
「やっぱり家で観るんですか?」
 
「やっぱスポーツは大画面じゃないと。
 スマホだと盛り上がれないんだ。俺はね」
 
「前から言ってましたね。
 そういえば先輩、
 今週ずっとWBCの話ししてましたね」
 
「ああ。課の全員と話したよ。
 部長とも盛り上がったんだぜ」
「あれじゃないですか?
 部長が観たいから、
 仕事押し付けられたんじゃないですか?」
 
「うわっ最悪!それはダメ。
 急に転職スイッチ入っちゃったよ、俺」
「そんな先輩、辞めないで下さいよ。
 先輩辞めたら会社つまんなくなるから」
 
「でも毎日毎日働いてさ。
 断りもせず残業するけど、
 特にめられるわけでもなく、
 昨日はご苦労のひと言で済まされてみろ。
 どうだ?」
「…辞めたくなりますね」
 
「だろ?
 最近、仕事の成果と報酬が、
 見合ってないと思い始めてんだ…」
「先輩、もう止めましょ」
 
「じゃあ、一緒に辞める?」
「いや、そっちの辞めるじゃなくて、
 その話は終わりにしましょうって」
 
「ああ、そっちね」
「先輩、今回のWBC期待してましたよね?」
 
「当たり前だろ。前回中止になったけど、
 やってたら日本はいいとこいったと思うんだ。
 普段野球はたまにしか見ないけど、WBCは特別。
 やっぱり世界戦って気持ちの入り方が違うね!」
「先輩、中止のニュース見て、
 わかりやすいぐらい落ち込んでましたね」
 
「スポーツ観戦は俺のモチベーションだから。
 どんなに仕事がつまらなくても、
 熱戦を観た後は嫌なこと全部忘れる。
 その時の感動で俺は1週間頑張れる!」
「なんかわかります。
 仕事にやりがいを感じられないから、
 稼いだお金でやりがい探すみたいな」
 
「まあ、当たってもないけど、
 外れてもいない…かな?」
「そうなんですか?
 割りと良い例えだと思ったんだけどな」
 
「でも生活の中の活力。
 生き甲斐いきがいってやつなのかも」
「そう、それ!そういうことを言ったんです」
 
「そうか?まあそんな感じだな。
 だから今日は帰ってWBC観て、
 押し付け残業のことは綺麗さっぱり忘れるわ」
「あれ?」
 
「どうした?」
「あの店、パブリックビューイングしてますよ」
 
「ほんとだ。ん?
 おい!試合終わってねえ?」
「あれって、試合後のインタビューですよね?」
 
「まだ7時過ぎだぞ。
 6時開始なのに、なんで終わってんの?」
「変ですね。
 試合時間って2時間ぐらいですよね。
 雨天うてんコールドですか?」
 
「ドームだよ!しかもすぐそこの!
 …なんでだ?
 ちょっと寄ってみようぜ」
「あ、はい」
 
「うわっ、ほんとに終わってる。
 日本勝ったんだ…
 それは良いけど、なんで…。
 あの~すいません。
 もう試合終わったんですか?」
「ああ!日本強かったねえ。
 今、終わったとこ。ニッポン快勝!
 スカッとしたぁ!」
 
「あ、あ、はあ。
 でも試合終わるの早くないですか?
 開始時間繰り上げたんですか?」
「ん?知らないの?」
 
「何がです?」
「ほんと知らないの?
 ファーボールスリーボールになったの?」
 
「ファーボールがスリーボール?
 なんですか、それ?」
「だからスリーボールランナー1塁
「えっ?!」
 
「それにツーストライクバッターアウトな」
「ツーストライク…はあ゛っ?!」
 
「緊張感凄かったぞぉ!
 見送りなんてしてらんないから、
 最初からバッターぶんぶん振り回すんだ。
 いや~爽快だったねえ!」
「…なんでそんなことに」
 
「そりゃ、決まってるだろ」
「?」
 
時短さ」
「……」 



店を出る。
 
「やっぱ会社辞めたくなってきた」
「僕もちょっとそんな気分です」
 
「なあ」
「はい」
 
「気付いたか?」
「気付きました」
 
「いたな」
「いましたね、部長
 
「奥で飲んでたな」
「顔そむけたのも見ました」
 
「あの人、上手くやってんな。
 それに引き換え俺は…。
 この時代にあってないのかも…」
「そんなことはないですって。
 さっきの件は僕も知りませんでしたよ」
 
「もういいんだ。
 部長の気まずそうな顔見たら、
 なんだか全部むなしくなってきた」
「…やっぱりダメですって。
 先輩は何も悪くないんですから。
 わかりました!こうしましょう」
 
「?」
「会社を変えましょう」
 
「やっぱり転職するってこと?」
「違いますよ。会社を時短にするんです」
 
「?」
「職場環境を僕たちの力で変えるんです。
 就業時間を時短にすれば、
 今回みたいなこともなくなって、
 先輩の観戦時間とモチベーションも確保できます」
 
「おお、なるほど!
 よし!それ目標にいっちょやるか!」
「やりましょう先輩!」
 
4年後までに!」
「すぐじゃないんだ…」


頑張れ日本!


これはショートコントであり、
フィクションです。

お疲れ様でした。