押したいボタン ~キーボード~
事務所。
女性二人。
ベテラン職員と新人社員。
「鈴木さん」
「確か、パソコン詳しかったよね」
「まあ学校で、
勉強した程度ですけど」
「ちょっと、教えてほしいんだけど」
「いいですよ」
「キードードが、おかしいのよ」
「おかしい?」
「いのうえって入れたいのに、
変になるのよ」
「変?
ちょっと使わせて貰っていいですか?」
「どうぞ」
「ほんとだ。
ん?
途中、文字が数字になってる…
あ~これはナムロックですね」
「なめろう?」
「ナムロックって言って、
数字入力モードなんです。
ノートパソコンだとちょうど、
この中央よりのこの辺りが、
テンキーと同じ配列になるんです」
「ごめんなさい。
ちょっと、何言ってるかわからない」
「そうですよね。
このナムロックのランプが点いたら、
危険だと覚えて下さい」
「わかったわ。
これが点いたらすぐ連絡するわ」
「はい。
あの~高橋さん」
「なに?」
「やっぱり…パソコンって苦手ですか?」
「それはそうよ。
鈴木さんの世代みたいに、
学校で教えてくれなかったもの。
こんなの英語覚えるのと、
同じくらい大変よ」
「そうなんですね。
でも、こうやってお仕事もしてるし、
使いこなせてるじゃないですか」
「それは私だって、
毎日同じことしてればできるわよ。
でもさっきみたい、
トラブルになるとダメよ。
もう、どれを押せばいいのか、
パニックになっちゃって。
でも間違って変なとこ押したら、
壊しそうじゃない。
怖くてさらにパニックよ」
「そんな。
パソコンなんて滅多なことでは、
壊れませんよ。
そんな物騒な代物じゃないですから」
「え~だって、
物騒なものが付いてるじゃない」
「え?」
「ここに」
高橋さんが指を差した、
キーボードの左上には…
透明カバーに守られた、
謎のボタンがあった。
「これなんです?!!」
「私に聞かないでよ。
パソコン詳しくないんだから。
鈴木さん知ってるでしょ?」
「いいえ、知りませんよ、こんなボタン!
初めて見ました」
「そうなの?
よくわからないし、
怖い注意書きがあるから、
触らないようにしてたわ」
「注意書き?」
「ほら、ここ」
「ん?」
【パソコンが嫌になったら押して下さい】
「これ何です?!」
「そうそう、思い出した。
前から鈴木さんに、聞こうと思ってたの。
これ押してもいい?」
「ダメですよ!
いや、ダメですよ…きっと。
これ押したら何か…
恐ろしいことが起きそうな予感がします」
「恐ろしいことって?
爆発するとか?」
「それは立派なテロです!
それはないにしても、
何だろうこれ…
ネットに…情報はないし、
押した人はいないってことだよね?」
「鈴木さん、この透明カバー、
パカッてやってもいい?」
「ダメですって!
何で急に積極的になるんですか!」
「だって押してダメってものは、
押したいじゃない?
学校の火災警報器とか?」
「まあ、気持ちはわかります。
私、押したことあるので」
「鈴木さん、押したの!
いつ?!どこで?!」
「小学校の時、
放課後になって帰ろうとしたら、
廊下に誰もいなかったんです。
ちょうどすぐそこに警報機があって、
つい押してしまったんです」
「で、どうなったの?」
「思った通り大きなベルが鳴り響いて、
私は慌ててトイレに隠れました。
でもすぐに見つかって、
物凄く怒られました」
「なるほど。
でも面白かったでしょ?」
「!
…はい、ちょっとスリルがありました」
「押してみる?」
「押しちゃいます…か?」
「押しちゃおう!」
「はい!」
「じゃあ、私は透明カバーを、
カパッてできればいいから、
ボタンは鈴木さん押していいよ!」
「いいんですか?!!」
「ここは譲るわ」
「ありがとうございます、高橋さん!!」
「じゃあ、行くよ!」
「はい!!」
カパッ!
「ふぅ~~。
……
……
押します!」
ポチッ!
ピンポーン!!
「なに?!!」
「なに、この音?!」
【こちらは、
フジツボカスタマーセンターです。
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……シャリーン!
ただいま、高橋様からの、
お支払い確認ができました。
現在、発送準備中です。
明日の10時までにはお届けできます。
本日は、
お買い上げありがとうございました】
「ちょっと!鈴木さん!」
「高橋さん…。
押しちゃいけないボタン…
ありました」