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喫煙者を採用しないという世界観

ひまわり生命が、2020年の新卒採用から、「非喫煙者であること」を採用条件にしたというニュースを見て、なんとなーくモヤモヤしていたものが、言語化できるようになったので、整理がてらここにメモしておく。

ちなみに、僕のブログでは、「合法か違法か」と「好きか嫌いか」という2軸でものを語るようにしているので、このニュースについてもその観点から見ていくこととする。

法律的な観点

まず、前提として、企業の採用の自由はかなり広く認められている。学生運動に関与した者の採用拒否が問題となった「三菱樹脂事件」判決では、企業に経済活動の自由があることから、幅広い採用の自由を認めた。

企業者は、(中略) 契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない

なぜこんな広い自由が認められたかというと、「三菱樹脂事件」判決があった昭和48年の日本はバリバリの終身雇用制で、一度雇用したら簡単に解雇できないという仕組みになっていたため、せめて入り口のところは広く自由を認めてあげましょう、という背景があったようだ。

例外的に採用の自由が認められない場合としては、『法律による制限』がある場合で、これは例えば性別による採用差別(男女雇用機会均等法5条)や、障がい者の採用差別(障がい者雇用促進法34条)などが挙げられる。

しかし、今回のひまわり生命のケースでは、「タバコを吸う人を採用で差別してはいけません」という法律がないので、企業側が自由に決定できるケースといえ、違法・あるいは憲法違反というのはかなり難しそうである。

好き嫌いの観点

というわけで、合法であろうことは百も承知しつつ、それでもなおモヤモヤした感情を抱えていたのは、ひとえに「実務的合理性が薄いのに、ブランディング戦略として不寛容な世界観が許容され、広がっていくのは好きじゃない」ということである。

タバコには受動喫煙の問題があるため、「喫煙所で吸ってください」というルールはよくわかる。また、タバコの匂いが苦手な方のために「匂いがついてしまうので業務時間内はタバコを吸わないようにしてください」というルールも分かる(自分も非喫煙者でタバコの匂いがダメなので、この気持ちは良くわかる)。特に営業やお客様と直接接する立場の人は、後者の理由で勤務時間中の喫煙を制限されていることが多い。

これらは、「実務的な合理性」である。しかし、一切の喫煙者を採用しないということは、「勤務時間中は全く喫煙せず、家に帰ってから1本だけタバコを吸う」ような人もすべて門前払いするということであり、そこに「実務的な合理性」はあまり感じられない。

ひまわり生命は、今回の採用条件について、以下のように説明している。

「当社は生命保険ですから、お客様が健康になることを応援する『健康応援企業』です。その社員がタバコを吸って不健康になっては、お客様に対して説得力がありません。」

「お客様に対する説得力」とあるが、一般的に生命保険の商品競争力というのは、保険の内容や値段等によって決定されるのであって、「社員が家で1本だけタバコを吸っている」ということがどれだけ影響するのかは疑問であり、やはり「喫煙者の不採用」に実務的な合理性があるとは思えない。

くわえて、この理由だと、自ら不健康になる人は「お客様に対して説得力がない」といえるため、「飲酒をする人は採用していいのか?」「BMIが高く肥満な人は採用していいのか?」「夜中の1時にカップラーメンを食べる人(僕です)は採用していいのか?」などの問題が出てくる。

これに対しては、

「アルコールの場合は、勤務時間中に飲むことはありえませんので、と返事をしています」

とのことで、いやいや、だったらタバコも勤務時間中の喫煙だけ禁止すればいいじゃん、御社のやってることはプライベートの時間にアルコールを飲む人を採用しないって言ってるのと同じですよ、とめっちゃツッコミたくなってしまう。

結局これはブランディング戦略なので、そのあたりの辻褄とか、実務的な合理性はあまり関係ないのだろう。「健康応援企業」というビジョンを発信するにあたって、他社が取り入れておらず優位性がある施策で、かつインパクトがあって話題になりやすく、多数派の共感を得られるものとして「喫煙者の不採用」を決めたのだと思う。

この中でポイントは「多数派の共感」という部分である。ブランディング戦略というのは、その企業に対して好感を持ってもらうことが目的なので、間違っても多数派が不利益を被るようなことはされない。それによって不利益を被るのは、あくまで一部の少数者である。

日本の喫煙率は約18%で、これに対して飲酒率はだいたい72%なので、「喫煙者の不採用」というルールは存在しても、「飲酒者の不採用」というルールが存在しないのはこれが理由である。しかし、ニーメラーの詩にあるように、いつ自分が不利益を被る側になるかは分からないのだ。

僕は、ブランディング戦略自体を否定する気はない。「健康応援企業」というビジョンは素晴らしいと思うし、世間からそう見られるために様々な施策を行うのはぜひやっていただきたいと思う。

しかし、あるビジョンが素晴らしいものだとしても、それ以外のビジョンを有する人がいても良いという寛容さをもって欲しいのだ(実務的にそれを禁止すべき合理性がない限り)。これだけ多様性の重要さが叫ばれる現代社会において、「うちの考えに賛成できない人は最初から排除します」というのは、いかにも寂しい世界観ではないか。

法律にはこんな時、「訓示規定」というものがある。行政庁に対する指示として明示されているだけで、仮に違反しても行為の効力は失われないというものだ。「非喫煙者であること」という採用条件も、訓示規定なら良いのにな、と思ったりする今日この頃である。

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