くつ屋のペンキぬり-13(小説)

 カウンターの一番奥、大小と色のさまざまな酒瓶にほとんど埋もれたような席へその青年は座っておりました。男が近付いて声をかけてみますと、左のまぶたを斜めにひょいと上げて、訝しげな顔をします。
「なんだい、アンタ?」
 強い酒の匂いぷうんとしました。ちびり、ちびりと呑んでいる様子でしたが、見れば背の低いグラスに注いであるのは相当強い酒です。声を荒げこそしませんが、見たところかなり酔っているのでしょう。据わったような目をしていましたが、その奥に、ぎらりと火の燃えているのがなぜだか男には判りました。
 途端、男にはなにもかもがすっかり誂えられた模様であるふうに感じられました。男はほんのちょっと前までとはまったく別の心持ちになりまして、
「北へ行かれると聞きました。見ず知らずの人間がこんなことを言い出して、不躾と思われるでしょうが、よければ北の貨幣を両替してはくれませんか」
と、つとめて静かに、あるいは諭すように、しかしこれはきっとうまくという確信で以て言いました。

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