くつ屋のペンキぬり-01(小説)

 ある男が、砂漠近くの暖かい国へやってきました。身にまとう衣服を少なく、少なくしながらやってきました。背中に背負った大きな荷物の中身は、ほとんどが、道中で脱ぎ捨てようと思って捨てられなかった衣服でした。男は元々雪深い国におりましたので、こんなにも太陽の近い国へ来るのには、何枚も服を脱ぎ、最後には綿の肌着の袖を千切らなければなりませんでした。
 汗を滝のように、足を棒のように、頭を振り子のようにぐらりぐらりと左右へ揺らしながら、やっとの思いで辿り着いた太陽の国は、乾いた風の吹きすさぶ、けれども活気にあふれた土地でした。高台の関所から眺める街並みは、土壁の家に白色の美しい丸屋根が乗っかって、背の低い茸が群生しているかのようです。夢にまで見た光景に、男は感嘆の息を漏らします。
 男は白色屋根の美しいことに憧れて、それまでの仕事も身分もすっかり投げ出し、いのちからがら砂漠を渡ってきたのです。男は元居た国では、ある種の重要な仕事についていましたから、辞めて国を出るとなれば扱いは重罪人も同様で、追っ手を振り切り、ほとんど逃走か追放のようなかっこうでここまでやってきました。
 震えっぱなしだった膝に手を吐き、今度は安堵と疲労から、はああと男は声を漏らします。うつむくと、自分の足の先に、故郷から履いてきた分厚い革の靴が目に入りました。長い長い距離の移動で靴の中はマメだらけですが、足によく馴染み、男を破傷風やサソリ毒の危険から守ってくれたところなど用心棒か、はたまた旅の相棒のようでした。男は一人旅でしたので、心細い折には焚いた火のかたわら、つま先に向かっておしゃべりをした夜もあったのでした。そんな靴もお役御免でしょうか。分厚い革と重くて固い底は、太陽の近く、むせるような熱気のこの国ではきっと出番がありません。

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?